文学・エッセイ 1995年7月12日
「私が8月15日に大根の種を播くのは、敗戦や凶作を忘れないためである。食料自給の志向のためである」。自然を師としてきた牧師が見つめる破壊されゆく大地と自然、辺境 …
キリスト教書籍 1994年2月15日
歴史・評伝 1988年8月9日