税込価格:1980円
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内容詳細

「愛」とは何か?

人間は「愛」という言葉にどのような思いをこめ、どのような行動をもって「愛」を表現してきたか。西欧キリスト教の視点で描く、愛の思想と実践の歴史。

◆アベラルドゥスとエロイサの許されざる愛の物語

◆聖職者の結婚を可能にさせたルターの子育て

◆女性関係の「問題児」シュライアマハーの結婚観

◆社会福祉のはじまりはキリスト教から

◆S.キューブリックや『バベッドの晩餐会』など、現代の映画作品も紹介

・・・など、歴史の裏に隠されてきた「愛」のエピソード満載、充実の1冊!

 

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書評

愛の豊かな歴史を綴る小著

C・リンドバーグ著

佐々木勝彦、濱崎雅孝訳

愛の思想史

コンパクト・ヒストリー

 

土井健司

 「愛はすべてに勝つ」

 右の言葉、一瞬、むかし流行ったKANの曲「愛は勝つ」を連想してしまうかもしれない。しかし古代ローマの詩人ヴェルギリウスの言葉だ。新約聖書でもない。ヴェルギリウスが『牧歌』のなかで述べたものだ。なかなか含蓄のある文であって、蝴凾ンしめると、いろいろなことを考えさせられる。

 『愛の思想史』は、愛というものがどのように考えられてきたのか、その歴史をまとめたものだ。冒頭の引用にも触れられている(二七頁)。愛という言葉の概念史というより、愛という事柄が古代ギリシア、ローマを含めて、キリスト教思想史のなかでどのように考えられてきたのか、その歴史をまとめたものだ。一読してみて、よくぞこれだけ豊富な内容をこんな小著にまとめ上げたものだと驚いた。著者は教会史を専攻とする歴史学者というが、近代を専門とするらしい。そのためか古代、中世は参考文献の助けを借りた叙述が目立つが、いや、実は反対に、よくこれだけ参考文献を駆使していながら、全体的な叙述ができているものだと思った。しっかり他人の研究を読んで咀嚼して、ズバリ要点を引用して書いている。決して専門書ではないが、専門家をも飽きさせない。またはじめてこの主題に興味もつ読者にとっては大変よい入門書となるだろう。

 第一章「愛という言語」では、ギリシア・ローマの愛に関する言葉がプラトンやアリストテレスといった哲学者を中心に拾って論じられている。第二章「聖書的な愛の見方」は文字通り旧約、新約聖書における愛、とくに新約のアガペーを扱う。第三章「愛のない世界? ギリシア・ローマ世界と初期キリスト教」では、主に隣人愛を軸として、ギリシア・ローマ世界には貧者愛のようなものはなく、聖書から受けてこれを発展させた点に初期キリスト教の特長があるとする。

 驚く人もいるだろうが、一般に貧しい人を助けるという観念、どんな人でも人間として接するなどという博愛精神はきわめてキリスト教的なものである。それ以前のギリシア・ローマ世界にはそのような観念はなかった。たとえばイソップ寓話の「アリとキリギリス」を思い出してもらいたい。結局アリはキリギリスに食を分け与えない。むしろ貧しさは本人の怠惰が原因だとして、キリギリスを咎め、突き放す。これが一般的だった。

 第四章「カリタス」ではアウグスティヌスの思想を扱い、アガペー的なものと神を求めるエロース的なものとの総合が主題とされる。そして第五章「愛と個人」、第六章「神秘主義者たちとトルバドゥールたち」、第七章「愛によって形成される信仰」は中世を扱う。まずアベラールとエロイーズの話、続いてベルナールの雅歌講話、さらにさまざまな神秘家や吟遊詩人たち、そしてスコラの大成者トマス・アクィナスの愛の思想とアシジのフランチェスコが論じられる。

 第八章「愛において働く信仰」はルターを中心とした宗教改革者による他者に向かう愛の思想を扱い、宗教改革者にとって愛の業がどのような意味をもっていたのかを解説する。第九章「奉仕としての愛」は敬虔主義における奉仕活動としてのキリスト教的愛が、そして第十章「近代世界における愛」では十八世紀以降のフォイエルバッハ、キェルケゴールなどの愛の思想が論じられる。そして『アガペーとエロース』を著したニーグレンを経て、ティリッヒで閉める。最後は終章「結論としての非学問的あとがき」でペンが置かれる。

 かぎられた紙幅のため駆け足で概観してきた。少なくとも何が論じられているのかは分かってもらえたと思う。実はこれ以上に多くの事柄が、豊富な引用を伴い、さまざまな研究文献を駆使して、要点をまとめて巧みに論じられている。なかなかよい本を読ませてもらった。書評を引き受けた素直な感想だ。

(どい・けんじ=関西学院大学教授)

(四六判・三〇四頁・定価一八九〇円〔税込〕・教文館)

『本のひろば』(2011年11月号)より