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内容詳細
教会暦の行事に沿って、欧州の暮らしを彩るハーブとそれにまつわる楽しいトピックスを紹介。
書評
教会暦にまつわるハーブを紹介
北野佐久子
ハーブ祝祭暦
暮らしを彩る四季のハーバル
鵜川 馨
本書は英国国教会の教会暦に従って、英国の四季の植物誌を綴ったものである。
英国の春は復活祭に始まるが、四十日に及ぶキリストの試練を記念する大斎節がそれに先行する。大斎節の始めの日を灰の水曜日と呼び、前年の棕櫚の日曜日の礼拝において与えられた棕櫚の葉を焼いて、その灰を額につける習慣が今でも守られている。大斎節中は、慎み(精進)の期間であるので、肉料理を控えるため、それまで台所に蓄えられていたラードを用いて、懺悔の火曜日にパン・ケーキを焼く習慣がある。 著者はパン・ケーキの焼き方を記しておられる。以前、私が御馳走に与ったオックスフォード大学ウースター学寮の灰の水曜日前夜の晩餐のデザートもクレープであった。
また、復活日にタンジーという苦味の強いハーブをたっぷり入れたケーキを焼き、またビストートという薬草を入れたプディングを作るという。
次に、四月二三日はウィリアム・シェイクスピアの誕生日であり、彼と関わりの深い野草、プリムローズ、ネトル、ルーを取り上げる。
イングランドの六月は結婚式の季節でもある。花婿から花嫁に指輪を与える習慣は、古くアングロ・サクソン時代に始まった。夫の死後、妻はその指輪を亡き夫の棺に入れるといわれている。当時指輪を与えることは、夫の死後、妻に寡婦産を与えると約束することを意味していた。著者は結婚式に因んだローズ・マリーやマートルの花冠について触れられている。
メイ・デーに立てられるメイ・ポールは、魔力のある樺の木とのこと。イングランドの初夏、道路の両側に咲くエルダ・フラワー(西洋ニワトコの花)を摘んで発泡酒を作る。
ケンブリッジ大学の先生が、「伯母が亡くなった後で家のあちこちで爆発音がしたのは、おそらく彼女が生前に仕込んだエルダー・フラワーの酒が醗酵したのでしょう」と笑って話してくださったことを想い出す。
ミッドサマー・デー(六月二四日)は、洗礼者聖ヨハネの日でもあるが、その頃、最も魔力ある薬草として、マグワート、オーピン、セント・ジョンズ・ワート、ヴァーヴェイン、ワームウッド、ヤローについて触れられている。
キリストに香油を塗った「マグダラの聖マリア」の日(七月二〇日)に因んで、コストマリー、ムーン・デイジーの薬草が取り上げられている。
七月の花ラヴェンダーは、その強い香りの故に防虫剤として、また、洗剤として利用されていたという。
コッツウオルド地方の農家で、女主人が調理したポーク・パイにグリーン・サラダを添え、林檎酒で食した昼食はイングランドの夏にふさわしく、忘れがたい。
わが国では、田植えの後の水田は、緑の畳を連想させるが、イングランドの収穫祭であるラマス・デー(八月一日)の頃、麦畑は黄金色に彩られ、食卓には様々なパンが供され、サフランの花が咲き乱れる。サフランの柱頭は、香料、着色料として用いられるという。
秋も深まり、国会議事堂爆破の陰謀事件を記念するガイ・フォークス・ナイト(一一月五日)に、ヨークシャ地方ではパーキンと呼ばれるジンジャー・ブレッドが焼かれるという。
さて、クリスマスには、一か月も熟成させたクリスマス・プッデイングが食卓に供せられる。
年が明けて、二月一四日、聖バレンタインデーが祝われる。
本書の最後の章は、月桂樹にあてられ、英国人には欠かすことのできないハーブの使い方、楽しみ方で閉じられている。
四季を通して英国人の日常生活を楽しく描いた本書の一読をお勧めする。
(うがわ・かおる=立教大学名誉教授)
(四六判・二四二頁・定価一八九〇円[税込]・教文館)
『本のひろば』(2010年9月号)より