税込価格:1760円
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内容詳細

時代状況と最新の研究成果を踏まえたコンパクトな「教会史上最大の異端」ルター入門書。

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書評

広範囲のテーマをコンパクトに紹介

T・カウフマン著
宮谷尚美訳

ルター
異端から改革者へ

森田安一

 本書はルターの簡略な伝記ではなく、コンパクトながら彼の信仰、教会改革、政治との関わりなど広範囲のテーマを扱っている。第一章「ルターを探し求めて」では、ルターの自己理解が論じられる。「信仰によってのみ確かな神の恩寵に頼りきること」こそが、ルターの自己理解の重要な特徴である、と結論されているが、やや難解な議論が最初に据えられている。
第二章「神の宗教改革という地平に生きて」では、ルターの生涯を追うかたちで「ルーダー」から「ルター」への歩みを辿り、いわゆる「宗教改革的発見」について述べる。「義とは信仰において知らされた神が働きかける力のことであり、それによって神は、自らにおいて正しくない人間、すなわち罪人を義とするのである」(五六頁)と。
ところで、ローマ教会に根本的な変化をもたらした推進力は贖宥への攻撃であった。もちろん、一神学教授に過ぎなかったルターがヨーロッパ規模で決定的な影響力を及ぼすことが可能であるためには「いくつかの要因の構造的相互作用」を見る必要がある。それは、「ルターに備わった説得力、ドイツの政治的枠組み、帝国における教皇性との関係の冷却、そして一五二〇年前後の黙示録的高揚」(六六頁)だった、という。
 贖宥に基づいた悔悛制度に対するルターの戦いを扱った本章の第八節「異端への道」と、それに続く第九節「福音主義的異端教会の教師として」は、ルターが改革者への道を登りつめる段階を論じ、本書の叙述の圧巻部分でもある。ローマ教会側の神学者プリエリアス、カエタヌス、エックとどのような論争が行われて、「奇跡の年」を迎えたか。そして、「急進派」カールシュタットを排除し、蜂起した農民の主張を論駁し、聖餐問題におけるプロテスタント内部の敵対者と決着をつけ、いかに新しい教会を確立したかが論じられる。
第三章「神学的存在として」では、ルターが聖書とどう向き合ったかが詳しく述べられる。ルターにとって聖書は「生命の書」、「人生の鏡にして規則」であった。そして、「彼にとって聖書の価値や意味は、聖書がキリストの業や物語について扱っているかどうか、あるいはどの程度扱っているかだけでなく、キリストを神からの救いとして伝えているかどうかで決まっていた」(九〇頁)という。    
宗教改革の基本理念である「聖書主義」がきわめて明快に解説されると同時に、同様に「聖書主義」を唱える他の改革者との違いも明らかにされる。ルターは福音、つまりは「キリストの説教」を重視することで、新約聖書の中で順位をつけた。「全ての書物のなかで真の核であり真髄」としたのは、ヨハネによる福音書、ローマ人への手紙、ペテロの第一の手紙であった。同じく聖書を重視したエラスムスの判断基準は、ローマ・カトリック教会の伝統による認可であり、カールシュタットは「行いによる義を教えるヤコブの手紙」にパウロと等しい価値を与えた。こうして、聖書の判断基準の違いによって彼らは袂を分かつことになったという。興味深い主張である。
また、ルターの改革の教えが民衆に比較的容易に浸透した理由は、ルターが聖書博士として、大学教壇に立ちながら、説教者だったからである。大学での聖書釈義の成果をわかりやすく民衆に向かって説教壇から語りかけ、それがさらに印刷物となった。その結果、改革の教えが広く流布されていった。
一方、ルターの世界像も聖書によって本質的に規定されていた。そこから農民戦争における農民の要求に対する拒否、あるいは法律家に対する不快感、さらには保守的な権力観も解き明かされる。
聖書をキーワードに本書の一部を紹介したが、そのほか、ユダヤ人、トルコ人異教徒に対するルターの対応の変化と普遍など、内容も豊富なので、じっくりと読まれるべき本であろう。
(もりた・やすかず=日本女子大学名誉教授)
(四六判・一九〇頁・定価一六八〇円[税込]・教文館)
『本のひろば』(2010年11月号)より