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内容詳細
書評
一人の著者による明解なキリスト教霊性史
P・シェルドレイク著
木寺廉太訳
キリスト教霊性の歴史
コンパクト・ヒストリー
金子晴勇
キリスト教霊性の歴史についての著作は最近わが国においても幾つか出版されるようになった。ルイ・ブイエ編の三巻本の大作『キリスト教霊性の歴史』は、一九六〇年代前半の第二ヴァティカン公会議の頃に刊行されたが、その邦訳が『キリスト教神秘思想史』全三巻(平凡社、一九九六―七年)として出版された。そこにはブイエ、ルクレール、ヴァンダンブルーク、コニェといった一流の研究者が名を連ねており、真に優れた成果が示され、どれほど裨益されたか知れない。しかし、原書の第三巻は正教、プロテスタント、英国教会の霊性を簡略に論じているが、未だ訳されていない。また最近ゴードン・マーセル監修『キリスト教のスピリチュアリティ――その二千年の歴史』(新教出版社、二〇〇六年)が邦訳された。これはB5判で四一六頁に達する著作で、とりわけ霊性の多様性の観点から叙述する試みであった。さらに桑原直巳『東西修道霊性の歴史』(知泉書館、二〇〇八年)は古代・中世キリスト教の霊性史として堅実な研究であった。
それに対し今回邦訳された本書はキリスト教の霊性全般を一人の著者によって通観するコンパクトな叙述として優れている。著者のシェルドレイクはイギリスのダラム大学神学・宗教学部の教授として実に三十年にわたってキリスト教の霊性史を研究してきた歴史家である。彼は主要な世界宗教の霊性が重要な点で互いに異なるため、叙述の範囲を「キリスト教霊性」に限定し、多様な形で織りなされる霊性の歴史を、一人の著者によって二千年間を要約するというのは至難の業であるが、ヨーロッパ史の展開に合わせて見事に整理して提示することに成功した。そこにはキリスト教霊性について主要なパラダイム(範例)が四つに分けて提示される。つまり「修道制的パラダイム」、「神秘主義的パラダイム」、「行動的パラダイム」、「預言者的・批判的パラダイム」である。
「修道制的パラダイム」はその叙述がもっとも生き生きとしており、読者に共感を起こすであろう。次の「神秘主義的パラダイム」は霊性と神秘主義とを統合する視点を提供している点で優れている。さらに「行動的パラダイム」は宗教改革時代の霊性の特質として示されたが、この時代の主流をなす霊性の特質を考えてみると理解できるであろう。だがもっとも興味をもったのは最後の「預言者的・批判的パラダイム」という二十世紀における霊性の特徴であり、マルクス、ダーウィン、フロイトという人物たちと、二度の世界大戦や世紀半ばの全体主義の恐怖とに象徴される、伝統的な宗教的世界観に対する挑戦がもたらした衝撃に霊性がどう応えたかという問題に取り組んでいる。この時代には社会正義の諸問題にますます注意が払われるようになったことにより霊性のこの形態が起こったという。この部分の叙述がもっとも注目すべき内容となっている。
そこではイーヴリン・アンダーヒルの霊性理解、ディートリッヒ・ボンヘッファーの非宗教時代の霊性、シモーヌ・ヴェイユの自己犠牲的な愛と「神を待ち望む」霊性、ドロシー・デイの社会主義の霊性、宗教間の対話に携わったトーマス・マートンの霊性、グスタボ・グティエレスの解放の霊性、フェミニストの霊性その他が現代においていかに意味深い霊性を喚起したかが簡潔に説き明かされる。
この著者の霊性理解の特質は、霊性をその認識機能よりも、その行動性と社会性において把握している点にあると思われる。一読してこの点を教えられたことを翻訳の労を執ってくださった訳者に感謝したい。
(かねこ・はるお=聖学院大学大学院客員教授)
(四六判・三三〇頁・定価一八九〇円〔税込〕・教文館)
『本のひろば』(2011年1月号)より
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