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内容詳細
考察の出発点となる重要な書!
8歳でユダ王国の16代目の王に即位したヨシヤ。彼は異教の祭儀を廃し、エルサレムおよびヤハウェの神殿を信仰の中心にしようとした。後代のヤハウェ信仰に大きな影響を及ぼしたその試みは一体どのようにしてなされたのだろうか? 「ヨシヤ時代」研究の第一人者が改革の経過を丁寧に説き明かす。
書評
社会学的視点と方法を導入した画期的な書! R・アルベルツ著
髙橋優子訳
ヨシヤの改革
聖書の研究シリーズ65
山我哲雄
一九九二年、ドイツの旧約学者ライナー・アルベルツは二巻、全七〇〇ページ以上におよぶ浩瀚な『旧約時代のイスラエル宗教史』を出版した。これは、当時のヨーロッパにおける旧約学の成果を集大成した感のある総合的著作で、しかも宗教史研究に社会学的視点と方法を導入した画期的なものである。今回『ヨシヤの改革』として髙橋優子氏により翻訳されたのは、その第一巻の終りの部分に当たる。原文では七〇ページほどであるから、単純計算で全体の約一割にすぎないが、イスラエル宗教史においては最も重要かつ興味深い時期の一つを扱っており、しかもこの著者の方法論と学風をよく表現している。
列王記下二二‐二三章によれば、ユダ王国末期のヨシヤ王は、神殿から発見された「律法の書」に基づき、異教的要素の排除とエルサレム神殿への祭儀集中を中心とする宗教改革を行った。旧約学では一九世紀以来、ヨシヤ改革の基盤となった「律法の書」が申命記の基本部分であり、申命記はまさにこの改革のための綱領的文書として書かれたことが広く認められてきた。
極度に批判的、懐疑的になった最近の旧約学では、列王記の報告の史実性や申命記との関連を疑う研究者もあるが、著者は両者を基本的に認める穏健な立場から、この改革の宗教史的意義を解明しようとする。ただし、著者によればこの改革は、ヨシヤが単独で敢行したものでも、王が主導権を振るって推進したものでもなく、その背後には土地所有の農民層、宮廷の役人、神殿祭司、預言者といったエルサレムやユダの中間層・上層階級の多様な集団に担われた改革運動が存在し、彼らが「若き王を自らの目的遂行のために利用した」(一二ページ)のである。それは「単なる祭儀改革よりもずっと大きなもの」であって、「アッシリアの勢力後退という歴史的機会をイスラエル国家の完全に新しい編成に利用する決意を固めた、広範な民族的社会的宗教的刷新運動」(八ページ)であった。
しかもこの運動の背景には、多様な担い手集団の間の利害や関心の一致があった。自営農民の中間層は国家や社会の安定とある種の「立憲君主政」を求め、知恵的訓育を受けた宮廷官僚は王権の制限や下層民の没落を防ぐなど、社会の均衡を目指し、祭司や預言者は異教の影響の排除を求めた。例えば祭儀のエルサレム集中にも、為政者には国民の首都への結合強化や、巡礼の活発化による産業の振興、神殿祭司には収入の独占化、世俗主義的な知識階級には祭儀そのものの役割の縮小と宗教の内面化といった具体的な利点があった。
思想史的に見れば申命記神学は、様々な潮流の思想を総合する「調停神学」的性格を持ち、「全イスラエルのために、すべての人に受け入れ可能で、すべての人に担われ得る、ひとつの公的神学を作り出す」(五五ページ)ことを求めるものであり、そこから十戒や、「選び」や「契約」の観念も生まれてきた。
著者によれば、申命記改革は本質的に「上からの改革」であり、そこにこの運動の強みも弱みもあった。一方で、それは「下層階級との連帯にもかかわらず、下層階級自身が自らを解放することへと促すことができなかった」(五四ページ)し、他方ではそれが中間層以上の多様な集団の異なる利害関心の一致という微妙なバランスの上に立つだけに、そのバランスが崩れた場合には容易に崩壊しやすいものだった。著者によれば、そのような崩壊に向けての決定的な打撃になったのが、エジプト王ネコの手によるヨシヤの死であった。
しかし著者は、後のイスラエル宗教、ユダヤ教が「王や祭儀ではなく……一冊の書物が神との関係の中心に位置するひとつの宗教」(六八ページ)になったことのうちに、申命記改革の一時代を超えた歴史的影響力と宗教史的貢献を見出している。
巻末には訳者による周到な研究史的解説が付く。訳者の労を多とすると共に、できればこの重要な名著の全巻の邦訳実現を心から期待したい。
(やまが・てつお=北星学園大学教授)
(B6判・一八六頁・定価二二〇五円〔税込〕・教文館)
『本のひろば』(2011年4月号)より
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