税込価格:2750円
購入サイトへ 問い合わせる
※在庫状況についてのご注意。

内容詳細

ユダヤ教の賢者たちの人生訓を収録した格言集。全ミシュナの要約として最高の地位を与えられ、「ピルケ・アヴォート」の名でミシュナ中の一編という枠を越えて親しまれてきた、ユダヤの知恵の精髄。トーラー(律法)の学習・実践と敬神の重要性を含蓄ある言葉で説く。詳細な注・解説つき。

在庫表示は概要となります。詳しくは「問い合わせる」ボタンから直接出版部にお問い合わせください。

書評

ラビたちの精神の真髄に触れる珠玉の金言集

長窪専三訳

ユダヤ古典叢書
ミシュナⅣ別巻 アヴォート

勝又悦子

ミシュナ、タルムードの邦訳、『古典ユダヤ教事典』の編纂等、日本でのユダヤ教原典研究の道を精力的に拓いてきた長窪専三氏による最新刊は、ユダヤ教の珠玉の金言集でもある『アヴォート』の邦訳と注解である。
まずは、一例を引こう。「ベン・ゾーマは言う。賢者とはどんな人だろうか。誰からでも学ぶ人。強い人とはどんな人だろうか。その衝動を抑制する人。富める者とはどんな人だろうか。その持ち分で喜んでいる人。尊敬される人とはどんな人だろうか。他人を敬う者」(本書九〇頁、四章一節より評者抜粋)。含蓄に富んだ言葉ではないか。
評者が常々好む一節。「アカヴヤ・ベン・マハラルエルは言う。三つのことに留意しなさい。そうすればあなたは罪の手中に陥ることはない。あなたはどこから来たのか、あなたはどこへ行くのか、そしてあなたは誰の前で申し開きと清算をすることになっているのか」(本書七〇頁、三章一節)。短い言葉ではあるが、静粛な気持ちになる。
『アヴォート』、通称『ピルケ・アヴォート』(アヴォートの章)とは、紀元一~三世紀のユダヤ教賢者の父祖たる人物たちの人生訓の集成であり、またミシュナの精神の精髄にかかわる言葉を集めたものである。書名の『アヴォート』自体が「父祖」と「根幹・基本原理」という二つの意味を含んでいる。法律議論に終始するユダヤ教文学において、人生訓の集成である本編は特異な存在である。構成上は、ミシュナのネズィキーン(損害)篇の一小篇にすぎないが、ミシュナの多数の篇の中の最高位のものとみなされ、時代を通じて多数の注釈書が生みだされ、別格の扱いを受けてきた。
ありがたいことに、近年、長窪氏の尽力によって、タルムードやミシュナの邦訳が進んでいるが、その大部分が、砂をかむような法律議論である。それはそれで、ユダヤ教の特徴であるのだが、正直、無味乾燥の法律議論に疲れてしまうことも多々あろう。しかし、本書は、先にあげたような金言の数々から構成されるので、共感も理解もしやすい。聖書からの引用もふんだんにある。ユダヤ教にもこんな書物があったのかとほっとした気分にもなる。と、同時に、あれほど枝葉末節にこだわって法律議論を繰り広げるラビたちの真髄には、このような滋味深い考えがあるということに感慨を覚える。あるいは、無味乾燥の法律議論をぎゅっと絞ったエッセンスが、珠玉の言葉なのか。
ラビたちの精神にアプローチするには最適の書であるが、本訳書は、さらに、膨大で詳細な註と解説によって『アヴォート』についての専門的な知識を得ることができる。
冒頭で、本書の特異性、この書がおかれた文化的背景、特にギリシア・ローマ文学との関係について、また本書の成立過程について、詳細に解説される。さらに、本文中でも、一つ一つの節に対して、言語学的説明、登場するラビの紹介、関連する聖書の個所、ラビ文学の個所が随所に挙げられている。実に、本書の解説・注釈の量は、本文の四倍、五倍以上に及ぶのではないだろうか。聖書を核にして生まれた法規群『ミシュナ』から、注釈・解釈の営為によって『タルムード』が生まれ、その『タルムード』が、中世以降、注釈・解釈の対象となる。本書の解説と注釈の精神も、まさに、ユダヤ教文学の真骨頂であろう。
本文主体に、読者自身の座右の銘を見つけるもよし、解説・注解を読み込んで、ラビ・ユダヤ教の置かれた広大な文化交流に思いを馳せるのもよし、また、再三言及される、後代の『アヴォート』の解釈書『アヴォート・デ・ラビ・ナタン』(長窪氏による邦訳あり)を参照して、後代のラビたちが、『アヴォート』の言葉をどのように継承、発展させたのか考えるのも、また一つの読み方である。
(かつまた・えつこ=同志社大学神学部助教)
(A5判・一四四頁・定価二六二五円〔税込〕・教文館)
『本のひろば』(2010年11月号)より