税込価格:2750円
購入サイトへ 問い合わせる
※在庫状況についてのご注意。

内容詳細

旧新約聖書を貫いて響き渡る「出エジプト」の出来事を描いた、聖書を味わう黙想のための絵本。

在庫表示は概要となります。詳しくは「問い合わせる」ボタンから直接出版部にお問い合わせください。

書評

希望と喜びあふれる祈りの結晶

原田陽子画

モーセ
出エジプトと荒れ野での神の恵み

平林冬樹

まずはこの本を開いてみてください。
本書は読む本でも、たんなる美術書でもありません。
シンボルとイメージに満ちた祈りの本です。
本文には著者による文章はありません。全体は、ずばりその書名のとおり、モーセとその民の上に起こった出来事を物語る三十五の旧約聖書のことばと、それに因む二十八の手彩色銅板画で構成されています。それらは、完成までの八年余に及ぶ作者の、温かい祈りの結晶です。
原田さんとの出会いは、数年前のカトリック美術展に始まりました。ヨナの物語を題材にした一枚の小さな手彩色銅版画が私の目を捕らえ、その世界が、ぐいぐいと、こころに入り込んできました。聖書に読み親しんで神と向き会い、神に温かい愛と信頼を寄せる者だけが味わう、一点の隈もない澄んだ喜びが滲み出ているのを感じたのです。その後、現在に至るまで、私が係わっているカトリック団体が全国レベルで発行する祈りの冊子の表紙絵は、すべて原田さんの作品です。
原田さんの作品に見て取れる特徴の一つは、その人物にあるように思います。本書の作品群に描かれた有名・無名の人びとすべてに目をこらしてみてください。どれ一つ同じものがないそれぞれの表情。しかしそれらは、一様に期待と希望、秘めた喜びと温かさに溢れているではありませんか。
水、雲、火などを描く直線と曲線の使い分けは、際立って見事です。線は銅版画の特徴ですが、当作品群では、巧みに考え抜かれた直線と曲線の配置は、各作品に込められたメッセージと深い係わりをもっています。ときに力強くのびやかに、あるときは繊細に引かれた線たちが響き合って、シンボルとメッセージを生み出しています。「紅海を渡る」(二〇─二一頁) では、円形の画面一杯に、否応ない神の力で巻き上げられる紅海の大波を表わす多重円、それらを敢然と分かつ道の一直線、その両者が、ひときわすばらしい対比を見せています。そして何より、紅海を分かつ大道を埋め尽くして押し渡る人びとの顔、顔。そのどれもに、信頼と喜びが漲っているではありませんか。
「岩からほとばしる水」(二九頁)に描かれた流水は圧巻です。モーセが決然と杖を振り下ろす。その岩から堰を切って流れ出る水を描く曲線の迫力に圧倒されます。その水から飲む民一人ひとりの表情もまた、それぞれ丹念に描き分けられています。
この一連の作品群に多用される水・雲・火などのシンボルと、そこに表われるメッセージの真髄は、神の救いとめぐみの驚くべき計画と、それに対する人間の応答、すなわち希望と喜び、そして驚きではないでしょうか。それらは、新約聖書と旧約聖書を貫いて脈々と流れるテーマにほかなりません。新約聖書と旧約聖書は一体です。旧約の理解なしに、イエスの福音に込められた深い意味を十分に汲み取ることはできません。たとえば、モーセの物語を深く知ることを置いて、ヨハネ福音書に描かれたイエスの姿を、鮮明に捕らえることは困難といえるでしょう。
その意味で、本書が描く世界は、たんなる旧約の大祖の物語に尽きるものではありません。現代に生きる私たちに語りかける神のメッセージを伝える祈りの本だと感じます。
(ひらばやし・ふゆき=イエズス会司祭)
(A4判・四八頁・定価二六二五円[税込]・教文館)

『本のひろば』(2010年9月号)より