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内容詳細

大国ロシアの宗教文化と政治風土は、どのようにはぐくまれたのか

9世紀半ばキエフ・ルーシ時代のキリスト教受容から、1448年に教会がコンスタンティノープル総主教座を離れ、ロシア正教会として自立するまでを描く。

さまざまな年代記を渉猟し、ロシア・キリスト教萌芽の時代を碩学が読み解く貴重な通史。

今日のロシアとウクライナの政治衝突も、この時代に端を発していることがわかる!

 

✥目次より✥

第Ⅰ部

  第1章 1240年までのキエフ国家史の概観

  第2章 キエフのキリスト教の始まり

  第3章 ウラジーミルとその臣下の受洗

  第4章 ロシア教会の組織

  第5章 宗教活動と修道制

  第6章 キリスト教化の過程

  第7章 正教とラテン

  第8章 キエフ時代のロシアにおけるキリスト教の著述

  第9章 教会の政治介入

 第Ⅱ部

  第10章 モンゴル治下のロシア――政治的概観

  第11章 ロシアの府主教たち――キリル2世からアレクシーまで

  第12章 府主教キプリアン

  第13章 府主教フォーチー

  第14章 府主教ヨナとイシドール、フィレンツェ会議

  第15章 1238-1448年のロシア教会とモンゴル

  第16章 教会と修道院の土地所有

  第17章 政治と教会

著者 ジョン・フェンネル(John Lister Illingworth Fennell)

1918年英国生まれ。ロシア中世史(専門はイヴァン3世と15世紀ロシア)、ロシア文学(叙事詩・年代記)研究者。東洋研究の盛んなケンブリッジ、ノッティンガム大学を経て、1956-85年オクスフォード大学で教える。オクスフォード大学ニューカレッジ名誉教授。1992年死去。

著書Ivan the Great of Moscow, Macmillan, 1959. The Emargence of Moscow,1304-1359, University of California Press,1968. The Crisis of Medieval Russia,1200-1304,Longman, 1983ほか。

 

訳者 宮野裕(みやの・ゆたか)

1972年東京生まれ。筑波大学卒業、北海道大学大学院文学研究科博士後期課程西洋史学専攻を経て、 1999-2009年北海道大学大学院文学研究科歴史地域文化学専攻(西洋史学)助手・助教。文学博士(2006年、北海道大学)。現在、岐阜聖徳学園大学教育学部准教授。

著書『ロシア統一国家の形成と「正統と異端」の相克』(風行社、2009年)、『ロシア史研究案内』(共著・ロシア史研究会編、彩流社、2012年)、深沢克己編『ユーラシア諸宗教間の受容と排除をめぐる比較史論』(勉誠出版、2010年)など。

 

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書評

さらなる西方教会理解にも必須の書

竹内謙太郎

 先ず、本書の発刊に対して、キリスト教理解への重大な貢献という意味で感謝したい。とりわけ日本においては、キリスト教とは「ヨーロッパ・アメリカの」という前提で語られることが一般的である環境であるが、皇帝コンスタンティヌスがニケアに第一回の公会議を招集して以来、当時ゲルマンの侵入によって混乱を極めていたローマより政治的安定を確保していた小アジアにおけるキリスト教は国家権力の庇護をより強く受けていたと言える状況にあった。西方では社会の秩序維持にローマ教会は重大な責任を負ったが、それは同時に世俗権力との絶え間ない対立と抗争という結果を生み出す原因ともなった。しかし、東方でのキリスト教会の状況は、国家権力との一体化が促進され、手厚い国家の庇護をうけると同時に、実質的な国教化が存在の底流となっていった歴史的経過がある。東方ではそれ故、キリスト教会は常に国家との一体化という基本的条件によってその社会での位置づけがなされて来た。
 西方教会の歴史はローマ教会(教皇)と神聖ローマ帝国(皇帝)の対立・抗争・妥協の歴史であると言えるだろうが、東方においては、それは常にキリスト教会が国家とその運命を共にする状況に置かれるという必然性、そしてその根底にはキリスト教会が国家の下に置かれているという基本的位置づけにあったのである。キリスト教会はそのゆえに国家の変動や変貌に直接的に影響を受けてきた。本書はそのような東方教会のキリスト教会としての重要な特質について極めて重要、かつ、本質的な理解への手引きを提供されているという意味で、キリスト教理解の全体像への最も重要な基本的文献であると言えるだろう。
 大部の本書の原文の雰囲気を再現する訳文には流麗さもあって、より深い理解が可能にされていることに感謝したい。十二世紀から十五世紀に至るまさに中世というべき時代区分において、西方とは全く異なるキリスト教会の状況、西方における国家権力(世俗権力)との対立とは異なった特質が詳述されキリスト教会の歴史におけるその多様性と多彩なキリスト教会の姿、とりわけ一般社会、政治的社会に直面するキリスト教会の姿が明らかにされていることに本書の重要性は明らかと思われる。訳者のご努力によって一般の研究者にとっても通過すべき道が開かれたことを多としたい。
 キリスト教会が国家機関とほぼ同一の位置づけがされているという東方の状況理解は、恐らく従来の西方キリスト教会の状況にのみ触れてきた一般的な日本社会のキリスト教会理解にとっては、時にはキリスト教会に対する否定的批判を惹起するかもしれない。しかし、西方における教会と国家の対立概念という基底において理解してきた従来の教会と国家の関係は、ここで本書によっていったん整理されるのではないかと思われる。さらにロシアと接する民族的にも異質なモンゴルとの関係にも触れながらロシアの地理的、歴史的位置づけを確認していることも重要な側面と言えるだろう。東欧諸地域における政治的、社会的な変動は国家・社会と一体化してきた教会にとって、教会における変動でもあった。中世ロシアにおいて培われたこの教会と国家の一体化した関係は、本書の扱う中世に始まり、革命の時代に対しても強烈な影響を与えたのである。この課題にとって重要な歴史的事件がまさに東方教会の中心的な地位にあったロシアに起こった。ボルシェヴィキ革命である。この時ほど東方教会の特質が露わにされた時はなかったのではないか。教会が革命に対してどのように対処したか、革命が社会、国家の動向とすれば、これまで、国家の動向に自らを一致させてきた教会がどのように自らを律したか、本書はその根源を多様な事実に基づいて暗示してくれる。
 現在を理解するために、過去、とりわけ中世社会の理解が必須であるという自明の事柄がここでも立証されている。西方教会理解にとって本書が扱う東方教会の状況の詳述が、いかに必須であるかを強調しておきたい。あらためて本書の邦訳を志され実現された訳者に敬意を表し、出版に努力された教文館に感謝したい。

(たけうち・けんたろう=日本聖公会退職司祭)