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内容詳細
なぜ、日本人は、「人権」を理解できないのか?
日本において人権はどのように形成され、その法制史にキリスト教はどう影響したのか。憲法公布70年を迎える本年、キリスト教会の立場からその根幹を問い直す。
中外日報社「第11回涙骨賞」最優秀賞受賞論文を加筆・増補。
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●著者略歴
森島豊(もりしま・ゆたか)
1976年生まれ。東京神学大大学院博士前期課程修了、聖学院大大学院博士後期課程修了(哲学博士)。現在は青山学院大総合文化政策学部准教授・大学宗教主任。
著書 『フォーサイス神学の構造原理──Atonementをめぐって』『これからの日本の説教─説教者加藤常昭をめぐって』ほか。
●目次
はじめに
第1章 教会の改革運動から人権形成へ
第2章 日本におけるキリスト教人権思想の影響
第3章 日本における人権思想の受容・形成の課題
第4章 日本の宗教政策におけるキリスト教会の位置
第5章 日本における「信教の自由」をめぐる問題
第6章 キリスト教会の使命──福音伝道と人権形成
第7章 キリスト教会はこの時代に何をすべきなのか
注
あとがき
書評
「日本型人権」を知るために
近藤勝彦
本書は、明確な問題意識に従って著された若々しい著作である。問題意識の一つは、人権思想とその制度がどのような経過を辿って今日に至ったか、特に日本の問題に関心を向けて明らかにすること、この点で著者は「日本で成立している人権は〈日本型人権〉とでも言えるものになっている」(七二頁)と語る。もう一つは、副題「日本の教会の使命と課題」に関わる説教者の姿勢であり、著者自身が伝道者としての責任意識を持っている。福音伝道とその説教は、ただちに人権の確立、著者の言う「人権形成」を目指しているわけではない。しかし人権がただ単に自然法的な一般性によって成立したのでなく、激しい宗教的エネルギーにその淵源と担い手を見出すゆえに、人権のより深いエートスが今日のキリスト教会と牧師、信徒の活性化によって根拠づけられるのではないか。著者の意図はそこにあると言ってよいであろう。
以上の問題意識から本書の構成は以下のようである。一章「教会の改革運動から人権形成へ」は、イェリネックの『人権宣言論』を手掛かりに、人権思想をピューリタンの「人民協約」にまで辿る。その際、著者は人権を特に抵抗権と密接な関係にあると見ている。同時にこの文脈に敬虔主義運動の貢献も加えて、ホイットフィールドやジョナサン・エドワーズ、ウェスレー兄弟などに言及している。
二章「日本におけるキリスト教人権思想の影響」は、日本国憲法の人権制定が決して外国からの押し付けでないとして、在野の日本人法学者鈴木安蔵に注目する。鈴木は植木枝盛の「日本国憲法」の草稿本を発見し、その人権思想と抵抗権思想に興味を懐いたと言う。「この枝盛の私擬憲法案が吉野作造を介した鈴木安蔵を通して現在の日本国憲法に影響を与えるのですが、この法制化の過程の中にキリスト教信仰に基づく人権思想が流れているのです」(三八頁)と著者は言う。
三章「日本における人権思想の受容・形成の課題」は、日本での人権が「歴史形成力を持たない観念的な思想となっている現実」(四三頁)を問題にし、明治の自由民権家たちにも戦後の宮沢俊義の解釈などにも、人権を守り発展させるエートスが欠如していると指摘する。その原因は「抵抗権の根拠の欠如」(四四頁)にあるとされ、抵抗権において「神への服従が人間である支配者への義務より上位にある」ことが重大視される。そこで本書の主張が次のように語られる。「日本の人権形成において求められることは、「宗教的確信というエネルギー」をもたらすところの贖罪信仰に基づく神学的考察と福音伝道、そしてそれと不可分な新しい人間を創造する原点と拠点としての教会形成である」(四七頁)と。本書は「中外日報社」の「第一一回涙骨賞」最優秀賞受賞論文を中核にしているが、それはこの部分であろう。著者の筆致が謙遜な中にも確信を持って、率直に運ばれているのを読者は感じ取り、また新たな研究への激励も送りたく思うであろう。
その後の成果が四章、五章に現れている。四章「日本の宗教政策におけるキリスト教会の位置」、五章「日本における『信教の自由』をめぐる問題」は、「大日本帝国憲法」の神権天皇制下における「信教の自由」や「政教分離」がいかなる構造的位置問題をもっているかを扱っている。岩倉使節団による欧米諸国の代表とのやりとりなども取り挙げられている。
六章、七章は、説教、献身、殉教などの視点から日本の福音伝道について語られ、それとして興味深くはあるが、紹介は以上に止めなければならない。なお、誤って植村正久のものとされた『六合雑誌』の匿名文章「基督教ト皇室」を七四頁以下でも植村の文章として扱っているが、これは著者の責任ではない。
本書は現在の日本の教会にとって極めて時宜に適っている。自由民主党はすでに「憲法改正草案」を発表して、参議院選挙の後に「憲法改正」を議論に載せると言っているからである。その内容は、本書がまさしく経過分析をした「日本型人権」の歪んだ状態へと逆行させるものである。この機会に是非多くのキリスト者とそのほかの方々にも本書をお読みいただきたい。
(こんどう・かつひこ=東京神学大学名誉教授)
『本のひろば』(2016年10月号)より