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内容詳細
――真の平和への道しるべ――
テロと核戦争、地球温暖化と自然破壊、貧困と飢餓、経済的格差社会から生まれる弊害……。人類共通の緊急課題が山積するいま、真の共生社会を実現するためにキリスト教がはたすべき役割とは何か?
キリストが十字架で示された和解と平和の出来事を見つめ直し、T.S.エリオットやC.S.ルイスの文学作品、M.L.キング牧師の生き方、フェアトレード運動やパラリンピックなど〈愛と平和の実践〉を紹介する。
✥目次✥
Ⅰ インカルチュレーション(文化内開花)の実践
序 /第1章 「いじめ」から「祈り」へ/第2章 C・S・ルイスの騎士道と非暴力的愛の世界/第3章 希望の力と弟子性の政治学/第4章 先駆的共同体のシャローム・モデル
Ⅱ キリスト教のシャローム・モデル
序/第5章 啓蒙主義は神学のパロディーか?/第6章 物語のキリスト論と意識の価値転換/第7章 神学とポスト・モダンの経済倫理/第8章 「顔の共同体」としての教会
Ⅲ 卓越社会に向かう証し
序/第9章 贈与の神学/第10章 神のドラマに参加する/第11章 社会的証しのシャローム・モデル/第12章 アマルティア・センの人間観
✥著者紹介✥
東方敬信 (とうぼう・よしのぶ)
1944 年兵庫県生まれ。青山学院大学経済学部卒業、東京神学大学修士課程修了。日本基督教団銀座教会副牧師、経堂緑岡教会牧師、富士見丘教会牧師、青山学院大学宗教主任、経済学部教授、総合文化政策学部教授、米国デューク大学客員教授などを歴任。現在、青山学院大学名誉教授。
著書:『H. リチャード・ニーバーの神学』(1980年)、『キリスト教と生命倫理』(ともに日本基督教団出版局、1993 年)、『思想力』(共著、キリスト新聞社、2009 年)、『神の国と経済倫理』(2001年)、『生きるための教育』(2009 年)、『文明の衝突とキリスト教』(2011年、すべて教文館)のほか、訳書多数。
書評
現代社会に教会がもたらす新しい価値観
増田 琴
東方敬信先生は、長く青山学院大学総合政策学部教授・宗教主任として教鞭をとり、日本基督教団富士見丘教会牧師として務めてこられた。大変な激務の中にいらしたと拝察しつつ、それぞれの分野の「架け橋」としてのお働きが本書に結実していることを読後、深く感じた。
価値の相対化が語られる時代に、キリスト教倫理はどのように倫理的問いに呼応することができるのか。著者は「種を蒔くように新しい価値観を世界の各領域に展開する」ことが本書のねらいだったと記す。「新しい価値観」とは「シャローム・モデル」と言われる、聖書に記され、教会が創出する価値観だ。
「I インカルチュレーション(文化内開花)の実践」では、聖書の福音の種が各文化において、どのように具体的な形で表れているかについて述べられている。ミュージカル「キャッツ」やC・S・ルイスの『ナルニア国物語』など、なじみ深いストーリーに描かれるのは「非暴力的愛の実在力」だ、と。その実践例としてマーティン・ルーサー・キングが挙げられる。そのあり方は反発・抵抗にとどまらず、新しい社会を構築する「希望の倫理」をもつものであり、黒人教会の歴史から生み出された「シャローム・モデル」である。
「II キリスト教のシャローム・モデル」では、より具体的な倫理的課題について展開されている。レヴィナスの「顔の共同体」における和解は、グローバルな世界における新たな価値、「オルタナティブ経済」を生み出すのではないか。その実践がキリスト教会の聖餐式において表されている、と。本書の特徴であり、魅力は、こうした現代思想、倫理について、「対抗文化」(カウンターカルチャー)としての「教会の視点」が明示されている点にある。経済活動を文化の立場から考えることにより、相互性や環境保全への「スチュワードシップ」(受託責任)が展開されて、聖書的な価値観を見出すことができる。
「III 卓越社会へ向かう証し」では、「尊厳ある充実した人生」について、教育学の観点から語られる。神の贈与によって、自己溶解と悔い改めを通して「新しい人間性の誕生」が起こる。それは単なる成長ではなく、生成変容の教育学としてのキリスト教教育だと述べられている。教会は、こうした価値共同体として生きており、礼拝において、シャローム・モデルに参与することになる。著者が対話を続けてきたハワーワスやウィリモンが語る礼拝共同体の力は、創造的行為、使命共同体としてのあり方へ押し出している、と。
シャローム・モデルの実践として取り組まれたフェアトレード運動についても述べられている。その活動を通して、社会起業とは、福祉、教育、環境などの社会的課題に取り組み、新しいビジネスモデルを提案し実行する社会改革の担い手であり、それは「キリスト教的共感」によって支えられるべきだ、と。
アカデミックな場と牧会の場。日本という土壌、現代社会の山積する課題の中で、キリスト教が何を伝え、種を蒔こうとしているのか。多様な局面から語られている。一つの教会での働きでは網羅することのできない視点が与えられる。
大学の講義で用いられたこともあるのだろう。ミュージカル「キャッツ」とキリスト教、「タイガーマスク現象」からパラリンピックへ、とよく知られた題材が並び、興味をひかれる。読み始めると、キリスト教の価値観や現代神学の勘所に分け入り、よどみがない。「入り口は入りやすく、奥が深い」という、理想的な展開といえる。この本を一冊読むことで、社会倫理について必要な知識や観点を得ることができる。引用されている文献も豊富。多くのことを学ばせていただいた。
読書会や授業で本書が読まれ、二一世紀のシャローム・モデルを生み出す働きへつながる、豊かな出会いを起こしていくことを望みたい。
(ますだ・こと=日本基督教団経堂緑岡教会牧師)
『本のひろば』(2016年6月号)より