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内容詳細

キリスト教伝来からの歩みと、未来への展望

キリシタン時代から現代までを、宣教の観点から概観した日本キリスト教史。各時代を代表する宣教活動を取り上げ、宣教に従事した人物を紹介しつつ、わが国独自の宣教論を探る。カトリック・正教会・プロテスタントの知られざる諸活動にも光を当てる、エキュメニカルでユニークな入門書。初学者にも分かりやすい多数の図・表・写真入り。

【目次】
第一章 キリシタン時代における宣教
第二章 明治時代における宣教
第三章 大正時代における宣教
第四章 昭和時代における宣教
終 章 日本宣教への提言

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書評

歴史的考察を通しての意欲的な日本宣教論

中村 敏

 本書の執筆者は、ロシア史やユダヤ史が専門の研究者であり、そうした分野の著作も多い。著者は本書の「あとがき」で、日本史に関しては「しろうと」を自認しているが、「しろうとの思いつきは、普通、専門家のそれにくらべて優るとも劣らぬことが多い」とのマックス・ヴェーバーの言葉を引用し、本書の執筆に並々ならぬ情熱と意欲を吐露している。
 この言葉に示されているように、本書は従来の日本キリスト教史に関する諸著作とはかなり傾向や着眼点が異なり、余りそれまでの研究の常識にとらわれていない。そこに本書出版の意義があると言えよう。
 以下できるだけ内容に即して本書の特色を論じていきたい。まず「序章──問題提起」では、日本にキリスト教が伝えられてから四五六年たちながら、キリスト教人口が〇・八二七%の厳しい現実を指摘している。しかし著者は、宗教団体のイメージに関するアンケートや日本史における指導的人物とキリスト教の関わりについて積極的に評価し、「確かに困難であるが、希望があり」、必要なことはわかりやすく大胆に積極的に福音を提示することであると論じている。そうした期待を前提に、著者によれば本書は三つの視点から叙述されている。
 ①本書は通常の意味での日本キリスト教史の通史ではなく、福音が宣教されている活動に焦点を合わせている。
 ②「歴史を動かす力は民衆である」との立場に立ち、指導的人物だけではなく民衆に視座を設定して叙述している。
 ③これも従来の類書に無い構成であるが、カトリック、プロテスタント、東方正教会の壁を越えて、特に成果があったと思われる活動と人物を取り上げている。従来はプロテスタントやカトリックの研究者が執筆すれば、自分たち中心の叙述に偏りがちであった。本書では従来影の薄かった東方正教会の宣教の記述についても、ニコライを中心にしっかりとまとめられている。
 次に読者の立場から見ると、評価できる点をあげてみたい。
 ①各章ごとに結論をわかりやすくまとめている。特に明治期は諸教会による活発な宣教活動がよくまとめられている。
 ②大正期においては、無教会運動、救世軍の活動、そして再臨運動に光をあて、意欲的に描いている。特に内村の戦争観についての記述は読みごたえがある。
 ③従来の二次的参考文献にあまりとらわれずに、できるだけ同時代の雑誌、新聞等の一次資料を駆使して、生き生きと描き出している。特に内村鑑三の活動や「神の国運動」について詳しく紹介している。
 ④表や地図や写真を多用し、宣教活動について視覚的に説得力を持たせて描いている。
 ⑤「宣教にささげた人」というコラムで、一四人の人物を描き出している。カトリックから三人、東方正教会から一人、プロテスタントから一〇人で、最近の人物として西日本で活躍したR・カックス宣教師や現役の尾山令仁が紹介されているのが異色である。
 終章でのまとめで、「①日本宣教には希望がある。②宣教の対象は全社会層に及んだ。③国家への皮相的な妥協があった。④教会の内部改革が必要である。」と結論付けている。
そして最後にこれからの日本宣教の七つの鍵を提唱し、具体的な伝道方策を提言している。こう見て来ると、本書は日本キリスト教史の考察を通しての日本宣教論ということができよう。
 なお課題としては、日本のプロテスタント教会を「社会派、福音派、聖霊派」と三つに分けている(五頁)が、果たして妥当であろうか。また戦時下の教会の対応を「教会を存続させるための国家への一時的な皮相的妥協」(四三五頁)と評価するが、そう言い切れるであろうか。これは日本の教会の体質的な課題ではないだろうか。
 なお訂正が必要なのは、「日本福音同盟」(一六二、二一八頁)は戦後誕生した団体の名称で、戦前は「福音同盟会」というのが正しい名称である。

(なかむら・さとし=新潟聖書学院院長、聖書宣教会講師)

 

『本のひろば』(2015年5月号)より