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内容詳細
「王子さまの星〈B-612〉」の謎を解き明かし、サン=テグジュペリとパスカル、そして聖書との深いかかわりに光を当てる、これまでにない新しい〈王子さま〉論。発行累計8千万部を超え、全世界で聖書に次ぐ永遠のベストセラーとして愛され続ける『星の王子さま』の、数多くある研究書でも言及されることのなかった謎の真相に迫る!
◆◆◆目次とよみどころ◆◆◆
Ⅰ.『星の王子さま』の誕生・・・窶」クリスマス用の子どもの本として書かれた『星の王子さま』。サン=テグジュペリの生涯をたどり、『星の王子さま』が出版された経緯を紹介。
Ⅱ.献辞をめぐって・・・献辞に挙げられた親友レオン・ウェルトの名前。なぜこの本を彼に捧げたのか、サン=テグジュペリにとって、レオン・ウェルトとはどのような存在なのかを探る。
Ⅲ.『星の王子さま』の中の〈子ども〉・・・星めぐりの旅とキツネ、そしてパイロットとの出会いを通して、王子さまがどのように子どもから少年へ成長してゆくのか、発達心理学を専門とする著者が読みとく。
Ⅳ.クリスマス・メッセージとしての『星の王子さま』・・・サン=テグジュペリと親友レオン・ウェルト。固い友情で結ばれた2人が、情熱を注いで読み込んだパスカルの『パンセ』。『星の王子さま』の物語にちりばめられた謎の多いモチーフをひとつに結び、聖書へと導くキーワードは、王子さまの星〈B-612〉だった!
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《著者紹介》
髙橋洋代(たかはし・ひろよ)
1941年埼玉生まれ。お茶の水女子大学大学院修士課程(児童学専攻)修了、現在立教女学院短期大学名誉教授。
共著:『保育を深めるために』(宣協社、1995年)、『発達の障害と支援の方法』(樹村房、2001年)、『ひととひとをつなぐもの』(ミネルヴァ書房、2003年)ほか。
共訳:ビアンカ・ザゾ『2歳児の幼稚園教育は是か非か』大月書店、1989 年。
書評
遥かなる自分への道
斎藤惇夫
『星の王子さま』が岩波少年文庫の一冊として翻訳出版されたのが一九五三年のことである。それから六十年、この本は様々な神話を作りながら、おそらく億を超える人々の手に渡った。筆者もその一人であり、中学一年生の時に読んだ。実は、面白いはずと思いながら読み終えた記憶が鮮明なのである。それまで夢中になって読んできた物語にくらべて、ストーリーの展開は希薄で、しかも、「かんじんなことは目には見えないんだよ」なんて言葉にどうしても馴染めなかったのである。それを目に見えるようにするのが物語じゃないかと、本棚の隅に追いやったのである。それから六十年間、『星の王子さま』が好きです、などと言う人が現れると、私はまたか、とうんざりしながらその人の前から姿を晦(くら)まして生きてきてしまった。ところが、私の隠れている場所を眩く照らし、しかも、「なんじ腰ひきからげて丈夫の如くせよ」と大風の中から呼びかけているような本に出会ってしまった。それが本書である。
六〇年安保闘争の折、国会前のデモでくたびれて大学に戻った二十歳の娘に、友人が一冊の物語を渡した。政治に憤り疲れはて、垣間見たおとなの世界で戦っていた娘の胸中を、突如清風が過ったのか、砂漠に井戸を掘りあてたのか、それはわからない。しかしそれから半世紀以上、娘はその物語に魅入られ繰り返し読み続けることになる。その度に新たな発見をし、物語の更なる深みに触れていくことになる。座右の書では言い足りず、その物語を読み続けること自体がライフワークになっていく。その物語が『星の王子さま』なのであり、その『星の王子さま』のまわりを、次第に輪を広げながら誠実に飛び続けた魂の、稀有な記録が、本書なのである。
この物語が直接信仰を語っているわけではない。神も、祈りも記されてはいない。しかし、二十歳の娘の魂は、この物語が、どうやら自分の信仰と深い関わりがあるのではないかと直感する。アレゴリーを好まないし、まだ理解もできない少年とは違い、娘はそれまで親しんできた聖書の言葉をなぞり、バオバブを、バラの花を、羊を、そして王子さまを聖書に投影させて読み始める。やがてその読み方は、作者が献辞を捧げた相手を識ることにより、パスカルの『パンセ』と物語の親(ちかし)さを発見することに繫がっていく。おびただしい『星の王子さま』研究も読まれることになるだろうし、作者の他の物語も繰り返し読まれることになるだろう。著作権が切れたとたんに、うんざりするほど出版された新訳にも目を通すことになるだろう。作者の跡を追っての旅も試みられることになるだろうし、この物語を読むために、フランス語も磨きをかけられることになるだろう。何よりも、母親になった娘は、我が子を通して、また専門の発達心理学を究めていきながら、とりわけ多くの子どもたちと接触することにより、王子の心の深みに沿えるところまで歩きつく。そして、「それは無限の広がりと深さをもって存在している子どものなかの宇宙」の発見にまっすぐに繫がっていく。それも、あくまで学者としての慎み深い節度ある文体でこの物語に肉薄していき、その結果、『星の王子さま』を読み続けることが、信仰と子どもの宇宙=遥かなる自分、への道を探る旅になっていったということなのである。
一人の読者として我儘なことを言わせてもらえれば、こんどはあらゆる引用や傍証なしに、二十歳の時に心とらえられた『星の王子さま』に、ご自分の言葉のみで向き合っていただきたい。意識の先に、ペンがまず物語ってしまう散文の世界の豊穣さを、言葉では分析できないそれ自体が定義としての「もの」である物語を、二十歳の娘は感じたはずなのである。そう、『星の王子さま』を、星の王女が読んだその驚愕を、生で、伝えてほしいのである。本書の読後、慌てて本箱の隅から『星の王子さま』を探し出し、読み返しながら、それが、この物語を苦手にした少年へのクリスマス・メッセージになるのではないかとしきりにそんなことを思った。
(さいとう・あつお=児童文学作家・編集者)
『本のひろば』(2014年3月号)より