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内容詳細

第二次大戦下、国家によって「敵性宗教」とされたキリスト教主義の大学で学んだ女子学生たちは、どんな経験をしたのか? 1935(昭和10)年から1948(昭和23)年までの在学生60人を対象に行なわれた聞き取り調査に基づき、まとめられた貴重な証言。募りゆく戦争の影、そして敗戦という激動の時代に、学問や友情、趣味や信仰、出会いと別れに生きた若い女性たちの生の姿をよみがえらせた、かけがえのない史料。

「実に綿密な取材、行き届いた文章。『戦時下の女子学生たち』は、すでに『歴史』となった戦時下の状況についての貴重な史料です」(永井路子・作家/卒業生)

「東京女子大学は1910年のエディンバラ万国宣教師大会の決議を受け、プロテスタント諸教派のミッションが協力して1918年に創立した女子大学です。戦時下においてもキリスト教精神が女子大学を支えたことが、当時の学生たちのエピソードから読み取れます。戦争の記憶を風化させないためにも、多くの方々に読んでいただきたいと願っています」(鳥山明子・牧師/卒業生)

堀江優子氏は、1983年東京女子大学文理学部史学科卒業生。編集者・ライター。

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書評

貴重な証言集

湊 晶子

 第二次世界大戦下におけるキリスト教主義教育機関の実態については、これまで『キリスト教学校教育同盟百年史』などでも取り扱われてきたが、その渦中に学んだ女子学生達からの聞き取り調査証言集として纏められ出版されたのは初めてであり、戦争の記憶が風化しつつある現代に大きな意味がある。

 聞き取りの範囲を、天皇制教育の強化が学徒に本格的に影響を及ぼし始めた一九三五年に東京女子大学に入学し一九三九年に卒業した同窓生から、敗戦の年一九四五年に入学して一九四八年に卒業した同窓生に絞り、その間に在学した六〇名を対象にしたことに大きな意味がある。彼女たちの当時の生活、趣味、友情、信仰、卒業後の生き方などを綴った八八三頁に及ぶ膨大な資料は、日本の教育史、キリスト教史、女性史にとって貴重である。

 東京女子大学は一九一〇年エディンバラ世界宣教大会の決議を受け、一九一八年に新渡戸稲造を初代学長に、安井てつを学監に迎えて創立された、キリスト教を基盤としたリベラル・アーツ女子大学である。第一回卒業式のためにジュネーヴから送られた新渡戸稲造学長の式辞「基督教の精神に基いて個性を重んじ世の所謂最小者(いとちいさきもの)をも神の子と見做して、知識よりも見識、学問よりも人格を尊び人材よりは人物を養成することを主としたのです」にその理念が凝縮されている。一九二四年に第二代学長に就任した安井てつ先生はこの理念をサムシングということばで受け継ぎ、一九四一年に第三代学長に就任した石原謙先生は戦争非協力者とマークされつつも信仰と行動でこの理念を守り抜かれた。六〇名の証言の中に大学の礎を築かれた先生方の言葉が随所に散りばめられ、各々の人生に大きな影響を与えたことを物語っている。

 聞き取りは、「戦時下の高等女学校」「東京女子大学に入学するまで」「学内の雰囲気」「各専攻部の講義」「卒業後」「東京女子大学で得たもの」「学問を奪われた恨み」「戦争責任」などの質問に答える形式で行われているが、お一人おひとりの時代分析の鋭さ、母校愛、東京女子大学の教育理念の分析などに引き込まれる思いで全文を読ませて頂いた。

 御真影、教育勅語、皇統譜、千人針、慰問袋、勤労奉仕などの記述については、私自身高等女学校一年生の時に敗戦を迎えたので、共有できる史実が多かった。国策に迎合することなく犠牲(Sacrifice)と奉仕(Service)の精神に立って建学の精神を護り通して下さった安井先生、石原先生への感謝の気持ちが随所に綴られている(一九八、二〇八、二二〇、二二一、五八五、五九一、六六三頁など)。

 東京女子大学がキリスト教に立脚した大学であると同時に、「個の確立」を重視するリベラル・アーツ大学であることへの言及も貴重である(一一九、二七二頁など)。「学問を奪われた恨み」については、「学問の入口を知ったことが生涯を生かしたので恨みに感じていない」といった意見も多かったが、中には「恨みより怒りを感じた」という意見もあった(一八七、一九七、二一九、三〇二、三一一頁など)。特に「戦争責任」について「二度と戦争をしない努力と憲法九条の堅持」(一八七、一九七、二一九、五一〇頁など)が強調されていることは現代への貴重なメッセージである。

 この資料は日本を「滅私奉公」の時代に逆戻りさせず、真の民主主義を構築するための「公共の精神」を考えさせるためにも貴重である。それは「戦後日本人の間には民主主義が根付かなかったと、私は思っています。……民主主義の実現には、一人一人が互いの存在を尊重して、相手の言うことはきちんと聞き、自分の主張もしっかりできる、責任を持った自由人にならなければなりません」(三三五頁)との卒業生の言葉によく表されている。

 堀江優子氏の献身的なご努力と教文館のご厚意によりこのような膨大な資料を後世に残すことができたことは感謝である。二度と戦争を起こさない国になるために、是非多くの方々に読んで頂きたい。

(みなと・あきこ=前東京女子大学学長)

『本のひろば』(2013年5月号)より