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内容詳細
キリスト教の土台であるイエスの上に建築家として建てていくパウロ。この二人はどのような関係にあったのか? 史的イエスの信憑性やパウロの回心過程など、聖書学および現代のキリスト教神学における根本問題を心理学や社会学の側面からも検討し、両者に関する新しい 視点と見解を示す。2010 年の来日講演にさらに新たに2編の論考を補充。
〔目次より〕
第1章 イエスは実在したか/
第2章 遍歴教師としてのイエス/
第3章 史的イエスとケーリュグマ/
第4章 パウロの回心とその原理主義者から普遍主義者への展開/
第5章 すべての国民のための教会政治家パウロ/
第6章 律法信仰から選びの確信へ
ほか
書評
連続性と緊張を含む発展的展開
廣石 望
本書は、二〇一〇年九月に来日した新約学者ゲルト・タイセン氏(ドイツ・ハイデルベルク大学神学部名誉教授)が、創立五〇周年を迎えた日本新約学会の招きに応じて各地で行った四つの講演に、新たに未発表論考を二つ加えて一書としたものである。編者代表の大貫隆氏(東京大学名誉教授、自由学園最高学部長)が強調するように(二八五頁)、本書の構成は著者オリジナルであり、先行する英独仏その他の原著はない。二年前、本訳書に名を連ねた人々がタイセン・プロジェクトの中核を担った。同時にそれは、現在日本の新約学に関わる多くが参加した一大イヴェントであった。
本書は冒頭の「序論」に続いて「第一部 イエス」と「第二部 パウロ」から成り、それぞれ三つの論考が収められている(全六章)。副題「キリスト教の土台と建築家」が示唆するように、著者はイエスとパウロを連続性と緊張を含む発展的展開という視点で捉えている。
本体の構成では、第一章「イエスは実在したか」と第五章「すべての国民のための教会政治家パウロ」が、それぞれを〈歴史的文脈〉の中に位置づけようとするのに対し、第二章「遍歴教師としてのイエス」と第四章「パウロの回心」が両者の〈伝道〉実態について論じ、第三章「史的イエスとケーリュグマ」と第六章「律法信仰から選びの確信へ」は〈神学的問題〉を前面に押し出す。その意味で本書は、歴史的展開と三項目による相互比較の交差という構成を示す。
歴史的位置づけの点では、イエスに関する部分(第一章)に特に目新しい視点はない。他方パウロに関する部分(第五章)は新知見に富む。著者はエルサレム使徒会議(紀元四六/四八年)とパウロの最後のエルサレム訪問(五七/五九年)を、それぞれクラウディウス帝およびネロ帝の宗教政策とパウロの教会政治的な戦略の相克の中に再構成する。そのさいパウロが、教会政治家として「献金」の圧力を用いた蓋然性が高いこと、また最後のエルサレム訪問に関しては、彼がエルサレムのヤハウェ神殿を異邦人キリスト者にも開放する可能性に賭けたであろうことが指摘される。筆者には神殿をめぐるパウロの真意は未だ定かでないが、ユダヤ人キリスト教によるパウロへの対抗伝道が、キリスト教をユダヤ教に再吸収することで帝国との無用な軋轢を回避しようと試みたという視点は新鮮であった。
イエスの伝道実態について(第二章)、著者は年来の「遍歴のラディカリズム」の主張を反復する。ガリラヤのユダおよびキュニコス派との差異化を明瞭に意識していた可能性、さらに「知恵」の使者としての自己意識が史的イエスに遡及する可能性を積極的に擁護する点が、「文脈的蓋然性」規準の視点から注目される。
他方でパウロの伝道は(第四章)、彼の「回心」の実態が、原理主義から普遍主義に至る長期間の変容プロセスであったとする点で示唆に富む。ファリサイ派への入信と過激派への転身、律法の要求に対する抑圧された反発と負い目、および後発の異邦人伝道への召命、さらには食物問題をめぐる寛容への転進と普遍主義の確立など、より詳細に検討すべき論点を提示している。
〈神学的洞察〉について、著者は最終章(第六章)でロマ書をパウロの神学的履歴書と解釈する。すなわち原理主義から普遍主義に至る、行為(ロマ一18―三20)、信仰(三21―四25)、変化(変身)(五1―八39)そして選び(九―一一章)による救済の変容プロセスである。それでも本書の白眉は、二〇世紀神学の第一級問題を扱った第三章「史的イエスとケーリュグマ」であろう。イエスの全権要求は彼の〈人性〉に基づく一方で、原始キリスト教のケーリュグマは「神の行為」(K・バルト)によるイエスの〈神性〉主張に拠る。著者によれば、神の無条件の恵みという「直観的理念」と、十字架につけられた神の子という「反直観的要素」の結合は、認知宗教学が宗教一般に確認するところである。この関連では、一貫して自由主義神学の伝統に立つ著者が(一七九頁「古風な神学」)、弁証法神学の「まったく異なる者Totaliter Aliter」なる神を容認するところが印象的であった(一六六頁以下)。
(ひろいし・のぞむ=フェリス女学院大学教授)
『本のひろば』(2012年11月号)より