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内容詳細

イエスの誕生物語に代表されるように、新約聖書の中で最も文学性・物語性豊かなルカ文書。その中心的使信を、編集史的研究によって浮かび上がらせる意欲的な試み。書き下ろしの誕生物語注解をはじめ、ルカの財産倫理観や「愛」の理解など、ルカ神学の諸相を明らかにする論文の集成。

 

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書評

ルカ文書の中心的使信を明らかにする

嶺重 淑 著

ルカ神学の探究

 

大宮有博

 本書は読者対象と方法論が明快である。まず、本書の対象とする読者は「教会」である。著者である嶺重淑氏は、み言葉に仕える説教者やみ言葉の学びに熱心な信徒の書棚にこの書が置かれることを願って、本書を書いている。奥付の著者紹介からもわかることであるが、著者はベルン大学に留学する直前まで泉北栂教会で牧会をされていた。また、今でも教会の代務や説教の奉仕をされている。本書は、新約学界で評価されることと同時に、教会の現場とりわけ説教に資することを目指している。それは、とりわけ第Ⅰ部の註解を読んでいて感じたことである。クリスマスになると説教の準備に苦しむ説教者は、私も含めて少なくないはずである。そのような時に、もう一度聖書を丁寧に読みなおすことの大切さを、本書は訴える。

 [蛇足ではあるが、嶺重氏は『聖書の人間像』(キリスト新聞社)と『キリスト教入門』(日本キリスト教団出版局)を著している。これらは大学の教科書ではあるが、教会の勉強会で用いられることも考えて書かれている。実際、いくつかの教会が『聖書の人間像』を勉強会のテキストに用いていると聞く。]

 次に、本書はルカ福音書の編集史的研究である。一昔前の神学校では、聖書学の時間に編集史をみっちりと教えられたものである。しかし、文学批評や社会科学的解釈といった新しい聖書学の方法論が次々登場する今日、釈義の授業に編集史を丁寧に扱う時間的余裕はあるのだろうか。本書を読むと(できれば脚注も)、編集史の考え方がわかる。とりわけ第Ⅰ部の註解は、編集史をこれから学ぼうとする人に向いている。また、編集史の考え方を詳しく知りたい方には、第Ⅲ部第4章が最適である。

 さて、本の内容を簡単に紹介する。本書は三部構成になっている。第Ⅰ部はルカ福音書の誕生物語(ルカ一・一~二・五二)の註解である。誕生物語は七つの区分に分けられ、それぞれの区分ごとに私訳と資料分析があり、注釈がついている。九頁にはヨハネの誕生告知とイエスの誕生告知との間にある並行関係を示す図がついている。この図で両者を比較しただけでも、「神の言葉に聞き、それを行う一信仰者としてのマリア像」が際立ってくる(本書第Ⅲ部第3章も参照)。第Ⅰ部を読むと、今年のクリスマスに説教するのが今から楽しみになる。

 第Ⅱ部はルカの富理解に関する論考である。ここを読むと著者がベルン大学に提出した博士論文全体の概要がつかめる。新約諸文書のなかで「貧者」という言葉を最も多く用いるのがルカである。そのためルカ文書の研究史において、ルカの言う「貧者」とはどのような人々なのか、またルカ文書は貧者の福音書か富者の福音書か、といった点が繰り返し議論されてきた。著者によると、「貧者」は「社会的弱者を代表する存在」であり、ルカ文書の背景にある教会(ルカの教会)には貧者と富者が相当数存在していた。著者のこの主張は緻密な編集史的研究に基づいたものであり、蓋然性が高く、評者も同意するところである。さらにエスニシティーや使用言語等の点から見ると、ルカの教会はもっと多様性に富んだ共同体であったのではないだろうか。そう考えると、ルカ文書を生み出した宣教の現場を思いめぐらすことが、現在の宣教を捉えなおすことになると言える。

 第Ⅲ部は「ルカ神学の諸相」という題のもと、著者がこれまで発表した論文が転載されている。第1章は、ルカの神学的マニフェストとも言えるルカ四・一六~三〇の編集史的研究である。第2章ではファリサイ派が、第3章ではマリアがルカ文書においてどのような神学的意味を持っているかが論じられている。第4章は、「善きサマリア人の譬え」の編集史的研究を通して、イエスの愛敵思想が考察されている。

 本書に所収されている論文はいずれも学問的にレベルの高いものでありながら、平易な言葉で書かれている。本書を通してルカ文書を読むことが、現在の宣教を捉えなおしたり、教会が公共圏に発信するメッセージを考えたりする助けになるに違いない。本書を読了して、そう感じた。

(おおみや・ともひろ=名古屋学院大学教員)

(A5判・二四八頁・定価三六七五円〔税込〕・教文館)

『本のひろば』(2012年7月号)より