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内容詳細

『皇太子の窓』のヴァイニング夫人が贈る、《友愛の使徒》の物語

二つの世界大戦下に、良心的兵役拒否者による奉仕活動を展開したアメリカ・フレンズ奉仕団(AFSC、のちにノーベル平和賞受賞)。その創設者であり、敗戦国への食糧支援、ユダヤ人救出を巡るゲシュタポとの直接交渉、そして戦後パレスチナに「神の休戦」をもたらすべく奔走するなど、その一生を隣人愛と平和主義、そして教育に捧げたクエーカーの知られざる生涯。

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書評

隣人愛と平和主義を世界で実践したクエーカーの生涯

エリザベス・G・ヴァイニング著

山田由香里訳

友愛の絆に生きて

ルーファス・ジョーンズの生涯

 

山形孝夫

 本書は、クエーカー(正式名称は「キリスト友会」)を中心に結成されたNGO奉仕団「アメリカン・フレンズ・サーヴィス・コミティ」(AFSC)の創設者であるルーファス・ジョーンズ(一八六三‐一九四八)の伝記である。

 クエーカーの学校の教育者として世に出たルーファスは、第一次大戦を契機に、イギリスのクエーカーと協力し、敗戦国民にたいする人的・物的支援組織を立ち上げた生粋のクエーカー教徒である。第二次大戦下では、ユダヤ人の救出活動や、パレスティナに「神の休戦」を実現するために奔走するなど、クエーカーの平和・誠実・平等・質素の生き方を力強く全世界に発信した人物として知られている。こうした活動により一九四二年にはルーズベルト賞、一九四七年にはイギリスのフレンズ奉仕団とともにノーベル平和賞を受賞している。

 だが、我が国では、クエーカーも含めてルーファス・ジョーンズの名を知る人は、皆無に近い。実は筆者自身もそのようなひとりであったのだが、この伝記の書き手がクエーカーのエリザベス・ヴァイニングであることを知って心を惹かれ、その翻訳原稿に目を通させていただいたという経緯がある。そして出会ったのが本書の冒頭のみごとな文章であった。

 それは、ルーファス誕生の一場面にすぎないが、そこには今では失われてしまった遠い、懐かしいアメリカがみごとに凝縮されている。

 「一八六三年一月二五日、夜。メイン州サウスチャイナの村は一面雪におおわれていた。その美しい村には楡の並木道、大きく立派な家並み、ヴァイオリンの形をした湖があり、今日のアメリカにはない孤立した自給自足の小集落があった。湖に面した村はずれにあるエドウィン・ジョーンズの家の居間には、明りが灯っていた。赤ん坊が産声をあげた。村の医者がその子を伯母であるピースの腕にわたすと、彼女は赤ん坊を抱き、預言めいた言葉を口にした。『この子はいつの日か、海の向こうの遠い国々や人々に福音を伝えるでしょう』」。目に浮かぶのは、『大草原の小さな家』の遠いアメリカの原風景である。そこに生きる素朴な人と素朴な自然のたたずまい。

 この美しい文章の書き手が、ヴァイニング夫人なのである。敗戦後の日本の焼け野原に、飢餓と絶望だけがうごめく廃墟の真只中に、日本国の天皇の要請によって、当時は学習院の生徒であった皇太子(現天皇)の家庭教師としてアメリカからやって来たひとりの女性。気品に満ちた、平和の使徒のように、彼女は日本に降り立ち、閉ざされた皇室の窓を世界にむかって開放した。このヴァイニングを日本に送り出すための推薦状を書いたのが、他ならぬこのルーファス・ジョーンズその人であったことも、本書をとおしてはじめて知った。

 本書は、その全体がヴァイニングによるルーファスの人柄と魂の輝きについての記録なのである。ルーファスが、いかに人と人との友情を大切にし、信頼と無私無欲の奉仕に生きようとしたか。日記や書簡の膨大な記録をとおして、それがじわじわ伝わってくる。

 ルーファスによれば、クエーカーはひとつの宗派ではない。そうではなく、プロテスタントとカトリックの厚い壁を越え、イエスを体感し、その生き方の本質に迫ろうとする。そのために牧師職を廃し、儀礼を否定し、ひたすらキリストの魂との内なる交流を求め、礼拝は沈黙を押しとおす。沈黙を通して、キリストの言葉の意味の開示をひたすら待つ。それは、どこかで禅の道に通じているかも知れない。ヴァイニングは、ルーファスの最晩年、彼がガンジーや禅仏教に強い関心をいだいていたことを彼の日記から拾い出し、丁寧に書きとめている。クエーカーの本質は、生き方にあるのだ。ガンジーの記念碑に記された「献身なき崇拝は、無にひとしい」という言葉が、ルーファスの言葉とともによみがえる。翻訳者の山田由香里さんと解説を書かれた小泉文子さんは、いずれも水戸キリスト友会の会員。

(やまがた・たかお=宗教人類学者)

(A5判・四二〇頁・定価二六二五円〔税込〕・教文館)

『本のひろば』(2012年3月号)より