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内容詳細

西洋古典学の重鎮である著者が、無教会の集会で9年間にわたり語った講義の再現。ギリシア語の精細な吟味をもとに、原文に忠実な翻訳と新たな解釈を提示。巨匠ケーゼマンらの卓見に範をとりつつ、現代世界に直接訴えかけるパウロの終末論的・宇宙論的なメッセージを平易に説く。

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書評

ギリシャ語原典に即した丁寧で示唆に富む釈義と講解
川島重成著『ロマ書講義』                                朴 憲郁

無教会新宿集会を長く主宰した関根正雄氏の亡き後を引き継ぎ、聖日礼拝を導いた人々の中の一人として、古代ギリシャ語文献学の専門家である川島重成氏は、新宿集会で年四回延べ九年に亘る「ローマ人への手紙」の講義を続けて、昨年六月に最終講となった。その集積に編集の手を加えて纏めたものが、この一書である。
著者が「あとがき」で述べたように、本書は学問的な注解というよりは、聖日礼拝における無教会キリスト教の「聖書講義」を復元したものである。新約聖書学の専門家ではないが、本格的なローマ書注解者であるU・ヴィルケンスとE・ケーゼマンの注解書に依拠しつつ、丁寧に聖書箇所を釈義し、聴衆に語りかけている。本書は、いわば釈義(exegesis)と講解(exposition)とが一体化した講義録である。
各講義録は、ローマ書の当該箇所を日本聖書協会の新共同訳で記した後、コイネーギリシャ語原典の文法と文体の意味合いを繊細に把握して、しばしば新共同訳の訳文とその解釈とは異なる読み方を提示する。
著者は関根氏のローマ書講義(特に愛読句の八章二六節への言及)に影響されて、E・ケーゼマンの注解書『ローマ人への手紙』(An die Romer, HNT 8a, (1973) 19743)における特異性に強く引かれた。ケーゼマンは、パウロ神学に対するブルトマンの実存論的・人間論的な理解を批判・克服して、神の義の全世界的地平における終末論的・黙示思想的なキリスト論こそパウロ神学の特性であると主張した。著者はケーゼマンのこのパウロ理解を基本的に受容するので、全被造物の宇宙的救済を論じる八章一八節以下の釈義は、著者にとってきわめて重要な位置を占めるのであろう。
全世界的な救済の出来事は、すでに五章一二節~二一節のアダム・キリスト論における、古い世(アイオーン)と新しい世(アイオーン)との根本的な時代転換の言述に見られる。著者はそれを指摘しつつ、一見そうした黙示的言表が現代人には不合理に思われるが、自然・歴史と人間的実存とを区別する現代人の合理的思考こそが問題と限界を抱えているのだ、と批判する(一七三頁後半の文章を参照!)。
一二章四節以下の「キリストにおける一つの体と多様な肢体」については、無教会集会を導く著者がケーゼマンの注解に沿って、種々のカリスマによる地上のエクレシア(教会)形成について臆することなく講じる部分は、我々読者に大きな関心を抱かせる。しかし著者はやはり、六章三節以下の「洗礼」については、キリストの出来事への参与を引き起こす教会のサクラメントと解する教会史上の(ヴィルケンスを含む)公的解釈を退け、突如教義学者のバルトおよび関根の解釈を拠り所にして、バプテスマが御子における神の恩恵への感謝の表現の一つに過ぎないと言い切る(一九三頁)。この点では、ケーゼマンのサクラメント的な洗礼理解(岩本訳、三一五頁、三一六~三一七頁)をも遠ざけて無視する。不都合な所は引用しないということであろうか。
三十数年前に書かれたケーゼマン注解書に依拠した本書の講義の長所は、短所をも露呈する。たとえば八章二三節の「体の贖い」について、ケーゼマンが「パウロはストア派の哲学者でもグノーシス主義者でもなかった」(岩本訳、四四三頁)として、紀元二世紀に至って思想体系化したグノーシス思想(若きケーゼマンの博士論文、“Leib und Leib Christi,“ 1933は当時の宗教史学派の主張に沿って、パウロ神学の背後にグノーシス主義の論敵を想定した)をパウロ時代にまで遡らせる時代錯誤はここで払拭されていない。(ちなみに一九八五年頃、評者(私)がケーゼマン宅を訪ねて会話した際に、彼は「もうそうしたグノーシス主義思想は成り立たないことを知っている」と語った。)ケーゼマンのその主張に引きずられてか、著者は「パウロの論敵であるグノーシス的熱狂主義者が考えたように、肉体から霊魂が解放されるということではない」(二六一頁)と無造作に述べている。しかしあえて言うならば、前(または半)グノーシス的と注意深く言うべきであろう。
しかし本書全体として、聖書の原典に即した丁寧な解説によって晩年のパウロ神学像を浮かび上がらせ、同時に神の不朽の言葉として現代人に語りかける示唆に富む講話であることに変わりはない。
(ぱく・ほんうく=東京神学大学教授、千歳船橋教会牧師)
(A5判・四九六頁・定価六一九五円〔税込〕・教文館)
『本のひろば』(2011年1月号)より