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内容詳細

受容と拒絶の歴史!

包括的な教理体系と明晰な文体から〈プロテスタント神学の最高傑作〉と呼ばれた一方、悪名高き「予定論」が数々の論争を呼び起こし、アパルトヘイトの神学的根拠にも利用されたカルヴァンの主著『キリスト教綱要』。
教会と政治のはざまで読み継がれてきた名著の誕生秘話と光と影の影響を、歴史的・社会的研究から描き出す。

「カルヴァンは、けっしてわれらの教皇ではなかった。カルヴァンはついぞわれわれの間で、聖アウグスティヌス、あるいはカトリックの聖トマスのような博士の呼び名を獲得したわけでない。……プロテスタントのキリスト者にとっては、真の権威は御言葉である。それは神御自身が語り出されたもの、神御自身が今も語り出されるもの、そして、旧・新約聖書の中で聖霊の証言によって、永遠に語り出されるであろうものである。われわれにとってカルヴァンは、この教会の中で唯一の、語りかけに聴き入ることの達人であった」(カール・バルト)

【目次】

日本語版へのまえがき
まえがき
感謝の言葉
使用した英訳について

序章 著者カルヴァンとその著作を覚えて
第1章 著作の端緒
第2章 一五五九年──『キリスト教綱要』完成の年
第3章 遺産相続者たち
第4章 啓蒙思潮の愛憎相剋感情
第5章 宗教改革者としての再生
第6章 アメリカのカルヴァンたち
第7章 「きわめてカルヴァン主義的教授」とオランダの友人たち
第8章 巨人たち──バルトとブルンナー
第9章 近代性の預言者──専制君主らの王子
第10章 抑圧と解放──南アフリカにおいて
第11章 変遷と分岐──中国において
第12章 現代における諸発言
付録1 異端の火刑とその著作の焚書をめぐって
付録2 『キリスト教綱要』の諸版


あとがき
訳者あとがき

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書評

『綱要』から見るプロテスタント神学思想史

関川泰寛

 本書は、カルヴァンの『キリスト教綱要』が、どのように書かれ、また出版以来どのように読まれ、評価されてきたかの歴史を描いたものです。しかも、通り一遍の歴史ではありません。人類の知的遺産と呼ぶべき書物が、時代によっては、ほとんど完全に忘れ去られるどころか、セルベトを処刑した「張本人」の人格の投影のように、ほとんど無視されるか唾棄すべき書物として斥けられてきた事実とともに、時代によって、驚くほどその評価が変遷してきた歴史を描きだします。これは、カルヴァンの祖国フランスでも例外ではありませんでした。歴史を振り返ると、読者は、カルヴァン神学とその評価といっても一筋縄ではいかないほど複雑な内容を持ち、時代によって、その評価が両極を揺れ動くほどに、多様なものであったことを知ることができます。

 著者のゴードンは、一九六二年にカナダで生まれ、スコットランドのセント・アンドルーズ大学において宗教改革研究で博士号を取得し、同大学教授、宗教改革研究所所長などを歴任した後、二〇〇八年からエール大学の教授をつとめる、本書を執筆するにもっともふさわしい人物と言えます。本書を読むと、カルヴァンの『キリスト教綱要』を、諸神学思想の往来する交差点において、定点観察するような趣を感じます。あるいはカルヴァンの『キリスト教綱要』という窓から見たプロテスタント神学思想史と言ってもよいかもしれません。本書の視点そのものが実に興味深いものです。カルヴァンに慣れ親しんでいる読者も、新しい事実をたくさん教えられることでしょう。

 さて、一八世紀のヨーロッパでは、ほとんど忘却されていた『キリスト教綱要』は、シュライエルマッハーや一九世紀のアメリカの神学者と文学者によって、不死鳥のようによみがえります。メルヴィルの『白鯨』と『キリスト教綱要』の関係など、アメリカ文学史とカルヴァンの意外なつながりも本書では指摘されています。

 また、一九世紀のアメリカでは、ドイツ改革派教会のネヴィンとそれに対立するプリンストンの神学者たちの間に交わされた激しい論争、マーサーズバーグ神学論争が、カルヴァン神学の解釈に新しい展望を拓き、改革派教会の分裂を促しただけでなく、新たなエネルギーを提供したことは、改革派の伝統に連なるすべてのクリスチャンの伝道と教会形成の今日の可能性をも示唆するものです。

 カルヴァン解釈の大論争と言えば、カール・バルトとエミール・ブルンナーの自然神学論争をすぐに想起します。二人の関係を断ち切るほどの世紀の大論争もまた、カルヴァンが自然啓示を認めているか否をめぐってのものであったことを知らされます。かつて東京神学大学の歴史神学の教授であったヘッセリンク先生が、二人の晩年に、失われた親交を回復させるべく試みを行った貴重なエピソードも紹介されています。

 さらに、現代中国や南アフリカの諸教会の神学的支柱を提供したのも、カルヴァン神学でした。二〇一七年一〇月に、宗教改革五百年を記念して、日本基督教団改革長老教会協議会の招きで来日したワン・アイミン(王艾明)先生についての言及もあります。現代中国で急速に拡大するキリスト教会の神学的な基盤として、カルヴァン神学と『キリスト教綱要』が果たしうる役割の重要性にまで本書は言及しています。実際私も、ワン・アイミン先生から、今や一億人にも達する勢いの中国のクリスチャンと教会の課題は、歴史的なキリスト教の教理と信仰に根ざした教会の形成であり、そのためにカルヴァンの神学やカイパーなどの新カルヴィニズムの領域主権論などの神学的な貢献であると直接にうかがいました。

 読者は、生き生きとした叙述に魅了されて、いっきに本書を読むことになるでしょう。神学を学ぶことの面白さを感じる書物であると同時に、宗教改革五百年の記念すべき年に出村彰教授によって、いつもながらの流麗な訳がなされたことを感謝したいと思います。

 本書には、日本におけるカルヴァン神学の受容の歴史や、トランスをはじめとするスコットランドにおけるカルヴァン受容などへの言及がないという欠けもあります。これらを補って、カルヴァンの『キリスト教綱要』を今日どのように評価するかは、わたしたちの大きな課題となるでしょう。最後に、二六九頁の二個所の「タン」は、「ワン」の誤植と思われるので、改訂の際は訂正されることを期待します。

(せきかわ・やすひろ=東京神学大学教授、大森めぐみ教会牧師)

『本のひろば』(2018年1月号)より