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内容詳細

神話論的グノーシス主義についての証言

ギリシア教父エイレナイオス(130年頃~200年頃)の主著である、グノーシス主義反駁の書(全5巻)の第1巻。自分たちこそが真理の認識(グノーシス)を有すると主張する論敵のプトレマイオス派、マルコス派、ヴァレンティノス派らの教説を報告。プレーローマ(神的世界)、中間界、この世から成る彼らの宇宙観や、救済神話、人間論を伝える、グノーシス主義研究の基礎資料となる重要な証言!

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書評

グノーシス主義についての最重要証言

小高毅

 エイレナイオスの主著はグノーシス主義を反駁する『異端反駁』であるが、ほかにも二つの論争にかかわったことをエウセビオスの『教会史』は伝えている。

 一つはモンタヌス派の問題である。当時リヨンにも広がっていたこの運動が巻き起こした問題を平和裏に解決するためにローマに派遣されている。これは一一七/一一八年のことである。もう一つは、復活祭をめぐる論争である。ニサンの月の十四日に祝うとするアシアの司教たちに対して、主日に移して祝うべきであるとするローマの司教ウィクトルは彼らに書簡を書き送り破門を宣言した。エイレナイオスはガリアの司教たちの名のもとに書簡を書き送り、主の復活を祝うのは主日であると主張しつつも、古い慣習を守っている他の諸教会を切り離すことのないように訴えている。この書簡を引用した上で、エウセビオスは次のように述べている。「エイレナイオスは、その名のとおりに平和をつくりだす人(エイレーノポイオス)だったので、諸教会のためにこの種の勧告をし、その使節として奉仕した」(『教会史』五・二四・18、秦剛平訳)。

 そのエイレナイオスが自分には洗練された話術も著作の能力もないし、そのための訓練も受けていないと認めつつも(本書七頁)、取り組んだのがグノーシス主義への論駁であった。彼らがグノーシス主義者と呼ばれるのは、次のように主張したことにある。「言葉で表現することも目でみることもできない力に関する奥義を、可視的で朽ちゆく事物を使って仕上げようなどと思ってはならない。また、〔人間の思考では〕考えることもできない非身体的なるものを、感覚と身体的なものを使って仕上げようなどとも思ってはならない。口にはできないほど偉大なものについての認識(エピグノーシス)こそが、完全なる『解放(アポリュトローシス)』なのである。......それは身体的なものではない。なぜなら、身体は朽ちゆくものだからである。それは心魂的なものでもない。なぜなら、心魂もまた欠乏から生じたものであって、言わば霊(プネウマ)のための住処にすぎないからである。それゆえ、『解放(リュトローシス)』もまた霊的なものでなければならない。なぜなら、内なる霊的な人も認識(グノーシス)によって解放されるのだからである」(本書九二頁)。

 こうして、彼らは壮大な創造神話と救済神話を展開することになる。これは受肉、十字架の死と復活による救い、水を通して、あるいはパンとぶどう酒を用いて行われるサクラメントが否定されることであった。教会が受け継いだ使徒たちの使信は、天と地とすべてのものの創造主、全能の父なる唯一の神、その神の子が「私たちの救いのために肉となられ」、「処女から生まれ、苦しみを受けたが、死人の間から甦り、肉体を具えたまま天に受け容れられた」こと(本書四六─四七頁)にあるのではなかったか。救いはどこから来るのか。ここにキリスト教信仰の真理を考察する神学的な営みが生ずることになった。それを展開したのが本書である。まさしく、エイレナイオスが「教会の最初の大神学者」(教皇ベネディクト十六世)と呼ばれる所以である。

 本書の翻訳がこの巻から小林稔師から大貫隆氏に代わっている。筆者が小林師と最初に出会ったのはネメシェギ師のもとでのオリゲネスの『雅歌講話』を用いたゼミでのことであった。その後、同じカトリック者とはいえイエズス会とフランシスコ会と別々の修道会に属したこともあって、顔を合わせるのはごく稀なことであった。そうこうするうちに体調を崩し病魔と苦闘されているとの噂を聞くようになり、ついに亡くなられたとの報を受けた。二〇一四年一〇月のことであった。残りの翻訳は残されていなかったそうである。未完で終わるのかと残念に思っていたところ、今回大貫氏というこれ以上の適材は考えられない後継者が現れたことを心から嬉しく思っている。

(おだか・たけし=聖アントニオ神学院教授)

『本のひろば』(2017年6月号)より