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内容詳細

歴史の中のカルヴァン像

宗教亡命者としてジュネーヴに渡り、改革者となったカルヴァンの生涯と思想をコンパクトに解説。教会改革者・神学者・説教者・社会改革者など、他面にわたるカルヴァンの素顔を最新の歴史学的研究から描き出す。教会的・神学的視座のみならず、政治的・経済的・文化的な視座をも統合した「新しい」改革者像。

「カルヴァンにとって中心事であったのは、転換期にある、見たところ目的を失って変化し、偶然にまかされた世界に直面して、みずからを神の摂理にへりくだって限りなく委ねることだ。亡命を余儀なくされたカルヴァンは、まさしくこのことを鋭く見ていた。そしてここにこそ、近代初めの危機にあって、カルヴァンの神学の大変な魅力の根拠を求めるべきだ。」(本文より)

【目次】
日本語版への序文

1 「司教座教会の陰で」──子ども時代と青年時代
2 パリでの基礎過程の学び──スコラ学と教会の正統信仰
3 オルレアンとブルージュでの法律の学び──人文主義的法学への旅立ち
4 1532年のセネカ『寛容論』の註解書──人文主義の魅惑
5 「前触れなしの変化」──宗教改革へ向かう
6 『キリスト教綱要』(1536年版)──弁明と宗教改革綱領
7 「あのフランス人」──ジュネーヴでの最初の活動(1536─38年)
8 「カルヴァンがカルヴァンとなる」──シュトラスブルク(1538─41年)
9 ジュネーヴ(1541─42年)──教会規律の再編成
10 教会規律の実践をめぐる争い(1543─55年)
11 教えの一致と教えの純粋さ!──宗教改革の成果をめぐる闘争
12 先鋭化(1553─54年)──信仰の問題に当局の権力?
13 強化と教派の形成、迫害と完成(1555─64年)
14 宗教改革の仕事と世の中への影響
おわりに──力強い活動の根拠
訳者あとがき
参考文献
年表
人名索引

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書評

歴史の中のカルヴァン像

石原知弘

 すでに日本語でも多くのカルヴァン伝を読むことができる恵まれた環境の中に、また新たな一冊が加えられた。

 著者シュトロームは、一九五八年生まれのドイツの教会史家である。ハイデルベルク大学の教授であるが、訳者によれば「文献の研究のためにジュネーヴに滞在することが多いのではないかという様子の、原典に徹底して当たる文献学者、歴史研究者」とのことである。ドイツ語の原著はカルヴァン生誕五〇〇年が祝われた二〇〇九年に出版されている。そのような書物が宗教改革五〇〇年の記念の年を前にして日本語でも読めるようになったことを喜びたい。

 これまで翻訳されてきたカルヴァンの伝記は、コットレやマクグラスによる大部な著作もあれば、「はじめての」シリーズのエルウッドによる書物のようなコンパクトな入門書もある。約一七〇頁の本書はサイズとしては後者に属すると言えるので、初めてカルヴァンの生涯と働きについて学ぼうとする人にとってその全体像をつかむのに良い書物である。同時に、すでにカルヴァンについてよく知っている者も最新の文献・歴史研究に基づくカルヴァン伝はどのようなものかを期待して読むことができるであろう。

 カルヴァンの生涯を年代に沿って比較的こまかく区切りながら叙述しているので、関心のあるところから開いて読んでいくこともできる。内容としては、特に教会規律の確立を目指すカルヴァンの努力に多くの注意が向けられている。他の著書や論文にも教会法に関するものが多く見られる著者の関心の表れであろう。そのカルヴァンの努力が成果を収めるまでの一五四三年から五五年までの重要な期間については、教会規律に関する面と教理に関する面とを分けて詳しく記している。最後にカルヴァンの神学の特性と世界に及ぼした影響についても論じられている。

 教会規律への関心と合わせて本書の一つの特色となっているのは、訳者と編集者の協議によって邦訳の副題とされた「亡命者」という視点であろう。オーバーマンなどによる研究以来のカルヴァンに対する一つの重要な視点である。カルヴァンの人物像についてはジュネーヴに君臨した指導者というイメージが強いかもしれないが、信仰のゆえに祖国フランスを追われた亡 命者であった。一五三六年、ファレルに請われてジュネーヴで聖書の講義を始めたとき、俸給の手続きを行った市の書記はカルヴァンの名前を知らず、ただ「あのフランス人」とメモしたという(六一頁)。シュトラスブルク時代を経て再びジュネーヴに戻ったあとも、カルヴァンに反感を持った男から「フランスのスパイ」と呼ばれるようなこともあった(一〇〇頁)。カルヴァンはその死のときまで、フランスからの亡命者として生き、働いた改革者であった。

 その意味では副題は、亡命者「として」生きた改革者とすることもできたと思われるが、亡命者「と」生きた改革者とされている。自ら亡命者であったカルヴァンは、多くの亡命者たちの牧会者としても生きたからである。一五三九年からのシュトラスブルク時代にはフランス語亡命者教会で働き、ジュネーヴ帰還後も増え続けるフランスやその他の国々からの亡命者たちを牧会した。亡命者たちの困難に寄り添いつつ、亡命者の増加によって生じた地元住民との摩擦という問題にも取り組んだのであった。

 亡命や難民生活ということが大規模な現実となっている今日の世界である。また、亡命ということでなくても外国の人たちと暮らすということは今や私たちの日常である。そうした中で 本書のような視点による研究は多くの示唆を与えてくれるであろう。貴重な書物を紹介してくださった訳者に感謝したい。

(いしはら・ともひろ=日本キリスト改革派園田教会牧師)

『本のひろば』(2016年11月号)より