税込価格:2750円
購入サイトへ 問い合わせる
※在庫状況についてのご注意。

内容詳細

ユダヤ人の“人間力”に学ぶ!

歴史の中で幾度も存亡の機を乗り越えてきたユダヤ人。彼らを支えたユダヤ教の教えや発想法から、この世を力強く生き抜く知恵を体得する! 歴史・実践の基礎知識を押さえつつ、賢者たちの生涯に触れ、聖典や典礼詩のテクストを実際に味わうことで、奥深いユダヤ教の諸相を学ぶ新しい入門書!

【目次】

  • 第1章 ユダヤ教とは・ユダヤ教の歴史
  • 第2章 ユダヤ教のエッセンス 唯一の神・二つのトーラー・多数の人間
  • 第3章 ユダヤ教の実践生活
  • 第4章 ユダヤ教の人物
  • 第5章 ユダヤ教の書物
  • 第6章 ピユートの世界
在庫表示は概要となります。詳しくは「問い合わせる」ボタンから直接出版部にお問い合わせください。

書評

ユダヤ人の創造力とその魅力を知る入門書!

池田裕

 著者によれば、二千年前に神殿を失くして以来、ユダヤ教に残されてきたのは、聖書とそこに記された言葉しかなかった。ラビ・ユダヤ教は、口伝律法というシステムを全面に押し出してきて以来、こうした解釈の伝統をすべて口伝できるように記憶に叩き込み、世代から世代へと伝えることにした。実際、「記憶されたものは、なんのカタチにもならない。しかし、カタチにならないからこそ、他者はそれを破壊することができなかったのではないか。政治的には支配を受けながらも、カタチにはならないからこそ、壊されることはなかったのではないか。そして、そのカタチにならないものを生み出すのが強靭な思考力であり、想像力であり、創造力である」(一〇頁)。

 著者は、そのカタチにならないものの力強さをユダヤ教文献の中に感じてきた。そこでは「枝葉末節の字句に拘泥した議論が展開する。しかし、このような議論の集積が、カタチになるものを持てなかったユダヤ教が生き延びるエネルギーになった」のだ。そして、「こうした文献を読み込んでいくと、本質的なこと、役に立つこと、中心的なことと、そうではないこと――非本質的なこと、無用なこと、周縁的なこと――などという線引きが曖昧になってくる。何が重要で何が重要でないか、など我々には計り知れないものがあるのではないか。何が無駄で何が無駄でないかなど決められることではない。いや、無駄なものなど実はないのではないか」(一一頁)。著者は問う。

 そう、本書は、「とにかく、役に立つもの、カタチになるもの、効率的なもの、結果が出るもの」をよしとし、カタチにならなうまいもの、無駄なものは、切り捨ててしまう、昨今の時流に上手くついて行けない者に勇気を与えてくれる書だ。

 第一章「ユダヤ教とは・ユダヤ教の歴史」、第二章「ユダヤ教のエッセンス」、第三章「ユダヤ教の実践生活」、第四章「ユダヤ教の人物」、第五章「ユダヤ教の書物」、第六章「ピユートの世界」から成り、特に、第四章を中心に登場する個性豊かなユダヤ人たちについての記述には惹き付けられる。

 ユダヤ教の聖書解釈におけるアブラハムは、決して神の言いなりにはならず、不安や疑問を口にし、神の矛盾を鋭く突く、すこぶるチャレンジングなアブラハムである。中世の代表的ユダヤ人の一人、イスラム王朝のもとで高位に上り詰めたシュムエル・ハナギード(九九三〜一〇五五年)について、「草の根レベルでのムスリムとユダヤ人の交流や、部下と上司の風通しの良さ、そして、宗教を超えた敬意、こういった要素があってこその彼の活躍がある。対立ばかりが強調される一神教の間柄であるが、シュムエル・ハナギードの置かれた状況から学べることがあるのではないか」(一四四頁)。これは、著者たちが、足掛け十年に及ぶイスラエル留学の期間、病気のわが子を抱えて飛び込んだ救急病院でのドラマを含む、日常生活の出来事を通して体験した、ユダヤ人とパレスティナ人の、宗教や言語を超えた草の根的共存の事実へと繋がる。

 これまでほとんど紹介されることのなかった、「ピユート」(典礼詩)を主とする中世ヘブライ詩の和訳は、本書の大きな貢献の一つである。その中から、シオン(エルサレム)への望郷の念を詠んだイェフダ・ハレヴィ(一〇七五〜一一四一年)の有名な「ツィヨン・ハロ・ティシュアリ」の訳の冒頭部(三〇九頁以下)を引用して、本書出版の祝いの言葉に代えたい。
♪シオンよ、貴女に心を奪われた者たちの安否を尋ねないのですか。/貴女の群れの中で今なお残った彼らは、貴女の安否を尋ねています。/西からも東からも、北からも南からも、遠くからも近くからも、/貴女の周り全てからの挨拶の言葉を受け取ってください。/そして、貴女への愛に捕らわれている者(=私)の挨拶の言葉も受け取ってください。/この者は、ヘルモンの露のように涙を流し、その涙が貴女の山々に滴り落ちることを切望しています。/貴女の苦悩について嘆く時、私はジャッカルのようになります。/しかし、貴女の捕らわれ人たちが帰される日を夢見る時、私は貴女の歌を奏でる竪琴になります。……

(いけだ・ゆたか=筑波大学名誉教授)

『本のひろば』(2016年10月号)より