番外編ベスト👍 ノンフィクション
『病魔という悪の物語 チフスのメアリー』
金森修 著
筑摩書房(プリマー新書) 刊
2020年5月 復刊(初版:2006年3月)
本体760円+税
143ページ
対象:中学生以上
2020年緊急復刊! 伝染病の恐怖と闘う現代人が 今読むべき 歴史的教訓の書
“チフスのメアリー”と呼ばれたメアリー・マローンは、100年前のアメリカに実在した女性です。13-4歳でアイルランドからアメリカに移住し、賄い婦として住み込みで働く下層の労働者だったメアリーは37歳の時、突然身に覚えのないことで公衆衛生局に身柄を拘束されます。彼女が腸チフス菌の保菌者で、これまでの職場で人々に病気をうつしてきた疑いがあるというのです。
彼女自身の健康状態は極めて良好であり、本人にすればまったくの言いがかりでしかない嫌疑でしたが、「公衆衛生の敵」として彼女の意思とは関係なく強引に病院に移送され、その後数年にわたって隔離されることになりました。一度は解放されたものの、5年後に再び病院のある島に連れていかれたメアリーはその後、死ぬまで23年以上にわたって隔離され続けたのでした。
100年前の事件ではありますが、新型コロナウイルス感染症拡大の恐怖と不安におびえる私たちは、メアリーの陥った状況と社会の在り方に、多くの学ぶべきことがあるように思います。
メアリーは貧しいカトリック系アイルランド移民の独身女性で、今でいうエッセンシャルワーカーでした。社会的に非常に弱い立場の人間だったと言えます。生きるためには得意の料理の腕を活かして働くほかなく(実際、料理はうまくて子どもの面倒見もよく、雇い主には信頼される人物でした)、しかしそのために病気を拡散させてしまいました。
これは彼女の罪でしょうか。また、メアリーと同様のキャリアであっても、一生涯隔離された人はいませんでした。それは何の違いによるものなのでしょうか。
メアリー・マローンが「チフスのメアリー」として広く世に知られるようになったのは、新聞に掲載された記事とそれにつけられたイラストのためでした。“人に死をもたらす毒のような料理を平然と調理する女”として描かれたメアリーの社会的イメージは大衆の印象を決定づけ、その後今日に至るまで拭い去ることはできなかったのです。新聞(メディア)が事実を誇張してセンセーショナルに人々の興味を引きつける、そのことの影響の大きさが恐ろしいほど実感される部分です。
著者は終わりにこう述べています。
「もし、あるとき、どこかで未来のメアリーが出現するようなことがあったとしても、その人も、必ず、私たちと同じ夢や感情をかかえた普通の人間なのだということを、心の片隅で忘れないでいてほしい。」
差別と偏見は無知と恐怖、そして想像力の欠如から生まれるものだということを、今コロナで苦しむ社会に生きている私たちは、しっかりと自覚しなくてはなりません。(か)
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