ベスト👍 フィクション
『いつの空にも星が出ていた』
佐藤多佳子 著
講談社 刊
2020年10月27日 発行
本体1,600円+税
414ページ
対象:中学生以上

勝っても負けても、そこに「野球」があること――

スポーツを愛する人、中でも特定のチームや人物を夢中で追いかける人々の団結力にはほかのものが遠く及ばない熱量と勢いがあるように感じるのはなぜでしょう?

スポーツが老若男女問わず多くの人を引き付ける理由、それはスポーツ選手が目指す「未来」が応援する人の「夢」とつながり、いつしか応援する人々の数分の強さを備えて膨れあがるからではないでしょうか。
そしてそのまぶしい輝きの根底に、他者を「信じる」というごく自然な澄んだ思いがあるからではないかと、この本を読んで気づきました。

本作は佐藤多佳子さんが大好きな野球を題材に、横浜大洋ホエールズ(現・横浜DeNAベイスターズ)を応援する人たちとその人生を描いた小説です。
4つの短編が収められており、密かにホエールズファンであった高校の囲碁同好会の教師とその部員、高校生の男女、町の電気屋の超がつく真面目青年と彼が暮らすことになったお得意さま宅の破天荒な息子、そして洋食店を営む父とその子どもと、登場人物はごく普通の(きっと私やあなたの身の回りにいそうな)人々です。

彼らが時に横浜スタジアム(通称ハマスタ)で、中継で、プレーを観戦しながら一喜一憂し、叫び、隣の人とハイタッチしたり抱き合ったりする様子は、特段、野球に通じているわけではない私の心をもぐっとつかんで思わず目尻が濡れるということが読み進める中でいく度もありました。
選手も、それを力の限り応援するファンも、掛け値なしにかっこいい。
これほどまでに夢中になれるなにかがあるってなんて豊かなのでしょう。

今年はコロナの影響があちこちに被害をもたらし、その威力は夏の甲子園を中止に追いやりました。
どれほど多くの高校球児たちの心に禍根を残したことかと想像すると、あまりの心痛にことばもありません。
彼らや関係者たちの背中をそっとさすってあげたくなる、この作品はそんなやわらかな優しさを持つ本なようにも感じます。

どうやら、私もにわかに野球ファンになったようです。
どこかお気に入りのチームや選手を見つけて、球場で応援をしてみたい。
その時は、神宮球場のレフトスタンドでカレーをほおばろう、そう心に決めています。 (い)

 

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