クリーンヒット⚾  フィクション
『シリアからきたバレリーナ』
キャサリン・ブルートン 作
尾崎愛子 訳
平澤朋子 絵
偕成社 刊
2022年2月 刊行
定価1,650円(税込)
303ページ
対象:小学校高学年から

あたしは難民として生まれたわけじゃない。みんなとそんなにちがわないの。

イギリス中部のマンチェスター。戦火を逃れシリアのアレッポから家族とともに海を渡ってきた11歳の少女アーヤはある日、難民支援センターでケースワーカーの面談を待つ間に聞こえてきたピアノの音に、思わず手足が動き出してしまいます。建物の2階へ上がってみるとそこには古びたバレエスタジオがあり、少女たちがレッスンをしていました。故郷での懐かしい記憶がよみがえりレッスンから目が離せなくなったアーヤ。バレエ教室の教師ミス・ヘレナは一度はアーヤのクラス参加を断ったものの、偶然彼女の踊りを目にして教室に迎え入れることを決めました。実はミス・ヘレナも、第2次世界大戦の折にチェコスロバキアからイギリスに亡命してきたユダヤ人の難民だったのです。

アーヤの母親は長い避難生活のため体と心を病んでおり、幼い弟の世話や日々の生活、難民申請が認められるか否かの不安など、多くの重圧が11歳の少女の肩に覆いかぶさってきます。そんな中で唯一アーヤが自分を取り戻せる時間が、バレエを踊る時でした。故郷からの苦しい逃避行の間 彼女の心を支えたのも、父の言葉とバレエへの情熱だったのです。

イギリスでのアーヤの現在と、故郷シリアでの暮らしや逃避行の回想が交互に描かれる構成から、彼女の複雑で苦しい胸の内が読者に手に取るように伝わります。同じ難民のマスードさん夫妻、アーヤを難民としてではなく友だちとして接するバレエ教室のドッティ、アーヤの才能とバレエへの情熱を理解し手を差し伸べてくれるミス・ヘレナーー難民センターのボランティアや、様々な人たちの支えでアーヤは自分の傷ついた心と向き合う勇気を得、新しい土地で人生を切り開く一歩を踏み出していきます。

戦争はアーヤから愛する故郷と家族、友人を奪いました。それらは二度と取り返しがつきません。けれども、庇護を求めてたどり着いた地で彼女が再び生きる力と自分への誇りを取り戻せたことに、かすかな未来への希望を感じました。理解や共感は難しくても「かわいそうな難民」という色眼鏡ではなく、ただ一人の人として相手に向き合うことの大切さを教えてくれる、愛に満ちた美しい物語です。(か)

 

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