クリーンヒット⚾ フィクション
『ミョンヘ』
キム ソヨン 作
吉仲貴美子・梁玉順 訳
チャン ホ 絵
影書房 刊
2021年7月 発行
定価2420円(税込)
233 ページ
対象:中学生以上から

おとなしくて怖がりな少女が、夢の実現のために一歩踏み出す

1916年、日本の植民地支配下にあった朝鮮半島。水原(スウォン)の裕福な両班(ヤンバン:朝鮮王朝時代の支配階級)の娘、14歳のミョンヘは、暮らしに不足はないものの両親から日々「早く嫁に行くように」とせかされることにやりきれない思いを持っていた。日本に留学中の兄が父を説得してくれたおかげで首都京城の女学校に3年間通えることになったミョンヘは、将来の目標や夢がないことに漠然とした不安を持ちながらも都会の下宿先で新しい生活を始める。

学校でできた英語が堪能で活発な友人、宣教師が開いた病院で働く米国留学経験を持つ女医、日本に留学しながら祖国の今を憂いて何かをなそうとしている兄の友人たち、朝鮮人を見下し暴力をふるう日本の巡査……様々な立場や事情を抱えた人々との出会いを通して、ミョンヘは故郷では知ることのなかった世界に目が開かれていきます。そして1919年、後に「三・一運動」と呼ばれる日本からの独立を求めて多くの人々が立ち上がった事件の真っただ中に、ミョンヘ自身が身を置くことになるのです。

どこにでもいそうな普通の14歳の女の子ミョンヘは、読者を自然に1910年代の朝鮮半島へ連れて行ってくれますし、女性を激しく抑圧する社会に対する彼女の苛立ちも時を超えた共感を呼ぶことでしょう。日本人にとっては時に苦しい場面もありますが、それを超えて一人の少女が自分の頭で考え行動する人間として成長していく過程にエールを送りたくなります。

三・一運動の先頭にたって命を落とした兄から最後に託された思いを受け、ミョンヘは医師になる勉強のため米国留学を決意します。ミョンヘが朝鮮を旅立つところでこの物語は終わりますが、彼女はきっと夢を実現して医師となり、朝鮮の人々——特に貧しい女性たちのために人生を捧げたに違いない、そんな未来を想像してしまいました。(か)

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