ベスト 👍 フィクション
『黒い蜻蛉 小説 小泉八雲』
ジーン・パスリー 著
小宮由 訳
佼成出版社 刊
2024年8月 発行
344ページ
2750円(税込)
対象:高校生以上
ひとりの異邦人、ラフカディオ・ハーンが小泉八雲となるまで——
ラフカディオ・ハーン(のちの小泉八雲)は1850年、アイルランド人の父とギリシャ人の母のもとに生まれました。軍医だった父は留守がちで、異国の地で心を病んだ母は彼が4歳の時にギリシャへ帰ってしまいます。その後父は再婚し、ハーンは資産家でカトリック教徒の大叔母に引き取られますが、その大叔母は彼が19歳の時に破産してしまいました。知人を頼って行ったアメリカでホームレスになったハーンは、日雇いの仕事を転々としながらやがて新聞社で働き始め、ジャーナリスト・作家として活躍するようになります。その後、ふとしたきっかけで東洋の島国・日本に興味を持ったハーンは1890年、開国からまもない日本の地に足を踏み入れたのでしたーー。「この不思議な国のことが知りたい、この美しさが消えてしまう前に見ておきたい」と思ったハーンは、外国人が逗留するグランド・ホテルではなく市井の安宿を拠点として暮らし始めます。見るもの、聞くものすべてに感動を覚えるハーンですが、まもなく急速に西洋化を進めようとする日本の姿に幻滅し、同時に所持金が底をつき始めて生活のために仕事をしなければならなくなったときに紹介されたのが、島根県尋常中学校と師範学校の英語教諭の職でした。こうしてハーンは運命の地・出雲に向かうことになります。
ハーンの子ども時代は両親の愛情に恵まれず、その後もギリシャ人的容姿(黒い目・黒い髪)やアイルランド人であることなどから差別を受けてきました。しかしそうした不幸な生い立ちが、彼の弱者に対する眼差しを育んだと言えるでしょう。また幼い頃に乳母から聞いたアイルランドの妖精譚も「目に見えない存在を信じる心」をハーンの中に育て、そうした思いが彼の日本の文化と深いところで共感する素地を生んだのです。日本の独特の文化を遅れた野蛮なものとみなした西洋人と考えを異にし、美しく尊重されるべきものとしたハーンは、自分の見たもの、感じたものを海外の人々に知らせるべく多くの著作を残しました。これらは今も「日本人とは何か」ということを我々自身に考えさせる多くの示唆を含んでいます。
ハーンは来日後14年間日本で暮らし、1904年に54歳で東京でなくなりました。かなりの部分で史実に忠実に描かれたノンフィクションに近い伝記小説である本書が、ハーン没後120年の今年に日本で出版されたことはとても意義深いと思います。小泉八雲=『怪談』の作者というだけではない、ハーンの日本文化に果たした役割の大きさを感じさせてくれる作品です。(か)
★ご注文、お問い合わせはお電話、Fax、メールにて承ります★
売場直通電話 03-3563-0730
Fax 03-3561-7350
メールでのお問い合わせは下記のフォームからどうぞ。