ベスト👍 伝記
『リーゼ・マイトナー 核分裂を発見した女性科学者』
マリッサ・モス 著
中井川玲子 訳
岩波書店 刊
2024年3月 発行
2420円(税込)
262ページ
対象:中学生から

20世紀を揺るがす発見をし、「消された」女性科学者の生涯

1878年、ウィーンで生まれたオーストリア系ユダヤ人のリーゼ・マイトナーは、ドイツの科学界で活躍し、世界的な発見を行いながら性別や生まれによる差別を受け続けて、歴史から姿を消された女性科学者です。本書は彼女の人生と業績を若い人たちに知らしめる初の伝記として、非常に魅力的かつ意義のある作品です。

「女に教育は不要」という時代にあって子どもの好奇心を大切にする両親の元で育ったマイトナーは、法律が改正されて女性も大学に入学できるようになった19歳の年ウィーン大学に合格して物理学を学び初めます。幸いにしてよい師にも恵まれ博士号を取得しますが、ウィーンでは研究者としての未来に希望が持てないと言われベルリン行きを決意します。しかしベルリン大学も女性を研究者として認めてはおらず、講義は聴講するだけ、男性の働く正規の研究室には入れず実験道具はすべて手作りという扱いでした。しかしそこで彼女は自分の研究テーマ(放射線物理学)に興味を示す若い化学者オットー・ハーン博士と出会い、そこから約30年間共同研究を重ねることになります。ハーンが教授になった時もマイトナーは無給の助手のままでしたが、1913年に35歳にしてようやくカーザー・ヴィルヘルム科学研究所の研究員として正式に採用されます。その後、研究と論文執筆、講義等を重ねていった彼女は次第に物理学者として一目置かれるようになっていき、1922年ドイツ女性初のベルリン大学物理学教授に就任――ところが、ようやく「女性であること」が問題視されなくなってきたこの頃から、「ユダヤ人であること」が問題になってくるのです。

1920年代はドイツの科学界でもユダヤ人排斥の機運が高まり、アインシュタインの理論も「ユダヤ人のペテン」などと言われるようになっていました。1933年にナチスが政権をとると状況はますます悪化、ユダヤ人の研究者は次々と国を去っていきます。マイトナーも友人たちから亡命を勧められますが、彼女はそれには応じませんでした。しかし1938年母国のオーストリアがナチス・ドイツに併合されるといよいよ彼女の身にも危険が迫ります。先に海外へ渡った学者たちの援助もあって、マイトナーは列車でオランダへ間一髪脱出に成功しました(のちにスウェーデンに移住)。そして、亡命先で受け取った共同研究者ハーンからの不可解な実験結果についての相談の手紙が、「核分裂反応」という世界的な大発見につながるのです。

女性には男性ほどの知性がないと思われていた時代に、物理学という世界の成り立ちを証明する究極の真理をただ一心に追及したリーゼ・マイトナーは、女性でありユダヤ人であるという理由で歴史から消されました。50回近くノーベル賞候補になりながら、世紀の大発見についてもその功績は男性であるハーン一人のものとされたのです。また、同僚の多くがマンハッタン計画に協力する中で彼女は原爆製造を決して支持しませんでしたが、純粋な科学的発見が大量殺りく兵器の開発に転用された不幸な事実から、私たちは何を学ぶべきなのでしょうか。本書はこれら多くの難しい問題をはらんだ内容ではありますが、一人の稀有な女性の一生をたどることで、私たちは何を教訓としてこれからの社会を作っていくべきなのかがありありと見えてきます。1章が2-5ページと短く、各章の頭にはイラスト入りの導入解説があり読みやすい作りも魅力です。ぜひ多くの若い方に手に取っていただきたいと思います。(か)

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