ベスト👍 フィクション
『いのちの木のあるところ』
新藤悦子 作
佐竹美保 絵
福音館書店 刊
2022年6月 発行
定価3080円(税込)
528ページ
対象:小学校高学年から

ここに、いのちの木を刻みたい。戦のない世界への祈りをこめて――。

トルコの世界遺産「ディヴリーの大モスクと治癒院」は、中世イスラム建築の最高峰と言われる建造物で、驚異の細工技術で作られた石細工の華やかな門があることで有名です。13世紀に建てられた謎の多いこの建物をめぐる人々の生き様を、事実を基にしながら想像の翼を大きく羽ばたかせて綴った長編歴史小説がこの『いのちの木のあるところ』です。

物語の軸となるのは好奇心が強く、型にはまらない自由な心を持ったトゥーラーン王女。『ホスローとシーリーン』という恋物語に憧れて、自分も父親の決めた見知らぬ相手とではなく、好きな人と結婚したいと願う少女です。姉の婚礼に同行したトゥーラーンは、スルタン カイカーウスの宮殿で、戦を嫌い学問に関心を持つディヴリーの王子アフマドシャーと出会います。「宮殿は王の飾りだが、モスクは町の宝石」と言って、人々の中に進んで身を置くアフマドシャーに対し憧れにも似た気持ちを抱くようになったトゥーラーンは、自らも人々のために治癒院を作りたいと考えるようになります。やがて二人は結婚し、ディヴリーの地に祈りと癒しの場である大モスクと治癒院をたてる夢を、長い時間をかけて実現していくのです。

この物語に主人公がいるとしたら、それはこの建築物そのものではないかと思います。王と王妃が願う「人々が戦に脅かされることのない世」――その祈りが形になったものが、この大モスクと治癒院だからです。これを作るために集った技術者たちは、それぞれの内にある願いを自らが作り出すものに託しました。戦ですべてを失った石工の工匠フレッムシャーが生きる力を取り戻せたのも、そこに己を賭ける価値を見出したからに違いありません。

500ページを超える壮大な物語で登場人物も非常に多いのですが、それぞれが欠くべからざる存在としてしっかりと描かれているため、混乱することはありません。物語の時も40年近く流れており、出来事をそれぞれの人物に即して描いていくためには、これだけの分量が必要だったと納得できます。急がずに物語の流れに身を任せ、風やにおい、音などを想像しながら読み進めて欲しい作品です。(か)

※佐竹美保さんの挿絵が素晴らしい! 買った方はぜひカバーを外して本体の表紙をご覧ください。そこにあるものに驚かれること必至です。

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