松岡享子さんが折に触れて大切に語られてきた幻の物語『中国のフェアリー・テール』が、福音館書店から1冊の美しい本になって出版されました。わずか30ページほどの本が、これほどの深みを持っているとは……。読み終わった時、様々な思いが押し寄せてすぐには現実世界に戻ってこられないような、そんな体験をもたらす作品です。黙読は声に出して読むときよりずっと早く文字を追ってしまいますが、この作品は意識してゆっくりと読むことをお薦めします。選び抜かれた言葉が紡ぐ世界を自分の中にしっかりと描きながら、言葉をイメージに置き換えて「見て」ゆくと、より一層この物語が読者の内に深い感動を呼ぶに違いありません。
そしてこの本の装丁の美しさはまた格別です。表紙には銀の箔押しでタイトルが記され、宇宙をのぞき込むような深い青に銀の星が散っています。表紙をめくった見返しがまた何とも不思議な色合いで、青色のグラデーションが何を表現しているのか、きっとこの本を手にする一人一人想像するものが違ってくると思います。見返しの次に挟まれている遊び紙は漉き紙でしょうか。その美しさと手ざわり、小さなろうそくのイラストは、お話を語る多くの方の心を打つものです。松岡享子さんが大切にしていた物語を、もっとも美しい形で届けたいと願う作り手の気持ちがこういった造本に結実したのだと感じられる、すみからすみまで行き届いた本になっています。これは絶対にデジタルでは表現することのできない、実態を持つ「本」ならではの存在感です。
松岡享子さんが語る『中国のフェアリー・テール』を聞くことのできた人は、この上なく幸せな方たちです。でもこうして本になったことで、その物語は広く、長く、多くの人たちに届いていくことでしょう。生涯お話を聞くこと、語ることを楽しまれた松岡享子さんからの贈り物を、私たちはこれからも大切に手渡していきたいと思っています。
『中国のフェアリー・テール』ローレンス・ハウスマン 作／松岡享子 訳／福音館書店 1870円（税込）
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