ベスト👍 フィクション
『黒馬物語』
アンナ・シューウェル 著
三辺律子 訳
光文社 刊
2024年5月 発行
1430円(税込)
438ページ
対象:小学校高学年から

馬の視点から語られた動物文学の歴史的傑作

つややかな黒色の毛並み、足が1本だけ白く、額には星のような白斑がある美しい馬ブラックビューティーの波乱の生涯を、主人公である馬自らが語る動物文学の傑作―—1877年の刊行以来、全世界で5000万部の大ベストセラーとなった古典名著の新訳版です。

よい主人から愛され大切に育てられた子ども時代は、ブラックビューティーを気立ての良い、人間のために働くことを喜びと感じるような賢い馬に成長させました。特に大地主ゴードンの旦那様のバートウィック屋敷に引き取られた数年間は彼にとってこの上もなく幸福な時代で、同じ厩舎で暮らす雌馬のジンジャーやポニーのメリーレッグスともよい仲間となり、馬の扱いに優れた馬丁のジョン・マンリーはいつも馬たちが心身ともに健康に過ごせるようにと細やかな気配りを欠かしませんでした。ところが、奥方の病の転地療養のためイギリスを離れることとなったゴードンの旦那様は、心ならずもブラックビューティーを友人の伯爵へ売ることになります。ここでブラックビューティーは初めて止め手綱(馬の頭を無理やり高く上げさせるための馬具)を付けられたり、酒好きな馬丁の過ちで足と膝に大怪我を負わされてしまいました。見た目の美しさを重視する伯爵はブラックビューティーを貸馬車屋へと売り払い、それ以降彼の人生には次々と苦難が降りかかってくるのです。果たしてブラックビューティーは再び彼を愛し、大切な友人として扱ってくれるような主人に巡り会うことができるのでしょうか。

人間の見栄、エゴ、無知によって苦しめられる馬たちの姿を読んでいると胸が苦しくなります。ブラックビューティーは姿形の美しさだけでなく、乗り手の望むことを理解する繊細な心と、その望みを叶えることを自らの喜びとできる真っすぐな気性の持ち主であり、このどんな時も誠実な人間の友が理不尽に痛めつけられる様子は耐え難いほどです。本作品の出版により当時の馬の扱いが大いに改善されるきっかけとなったそうですが、それほどまでに人々の心を動かしたということがとてもよくわかります。馬をどう扱うかはその人物の人間性を如実に表しており、それは決して社会的身分と同じではありません。「本物の」紳士やレディとはどういう人間なのかを、ブラックビューティーが出会う様々な立場の人間が示しているのです。

物語に通底している馬たちへの愛情や、搾取される労働者への共感、酒の害の告発などは、作者の人生や宗教観と深いつながりがあります(巻末の訳者解説に詳しいのでぜひお読みください)。物語の中にはいくつも心を打つセリフがあり、この作品が時代や宗教を越えて訴えかける人としての正しいあり方は、普遍的な模範としていつでも私自身胸のうちに留めておきたいと感じました。(か)

「われわれはみな、自分の行いによって裁きを受けることになる。人間に対する行いだろうが、動物に対する行いだろうが、同じだ」(104p)
「知らないってことは、悪意の次に罪深いことなんだよ! どちらのほうが害があるか、わかったもんじゃない。」(164p)
「残酷な行いやまちがった行為を見ても、それを止める力があるのになにもしなければ、そうした行為をしたのと罪の重さは同じだ。」(329p)

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