みなさん、こんにちは!今日は村岡花子さんの教文館時代のお仕事についてご紹介しまーす。見てみて、この写真!どこかで見た場所じゃない?実はこれ、1階松屋通り側入口(回転ドアがあるところ)の写真なんだよ。うわー、昔はこんなステキだったんだ!
これが、建ったばかりの教文館ビルの写真です。地上33メートルの屋上で、花子さんが編集部のみなさんと写真を撮ったのも、きっとこの時なんだね。ビルの内側は改装しているけれど、建物そのものは当時のまま(一部窓はなくなっているところアリ)です。ぜひ、建物そのものにも注目してほしいな!
これが、花子さんが教文館時代に編集したり翻訳した本のコーナー。キリスト教関係の本ばかりじゃなくて、翻訳文学もあるんだね。
おおー、これがあの有名な『姉は闘ふ』か!今は『スウ姉さん』のタイトルで出ているエレノア・ポーターの名作が、最初は教文館から出てたんだって、みなさん知ってました?それにしても『姉は闘ふ』って…、その通りの内容だけど、誰が考えたんだろうねぇ。
これは昭和2年に教文館から出た「世界の子ども叢書」というシリーズ。今では知る人ぞ知るものだけれど、当時としては“原書に忠実な翻訳編集(原書通りの文・絵・判型で出版)”というのは画期的な本だったらしいよ。多文化理解にもつながる内容というのは、当時の世相から行っても珍しかっただろうね。
これは戦後に村岡花子さんが編集長を務めた雑誌「ニューエイジ」。壺井栄の『二十四の瞳』が連載された雑誌なんだって。ここに花子さんが寄せられた文章は『KAWADE夢ムック 村岡花子』(河出書房新社/1200円+税)にも、一部載ってるよ。
さてさて、次はいよいよ『赤毛のアン』に進みましょう。どうぞお楽しみに!
それでは、みなさん。ごきげんよう、さようなら。